阿智川大橋


左のトラス構造の部分が阿智川大橋

 大きな交通路が伊那谷を通った前例として忘れてならないのは中央自動車道だと思います。大いに期待されたし、一方で反対もなかったわけではありません。それでもともかく完成したのですが、1975年(昭和50年)の開通当時から、実は工事中の昭和49年からはじまっていたのですが、阿智川大橋から発生する低周波空気振動が問題になりました。


 1981年(昭和56年)の第94回国会と1986年(昭和61年)の第104回国会でこの問題が取り上げられています。関係する部分を議事録から抜粋しました。

 特に第104回国会の村沢牧議員(社会党)の質疑は興味深いと思います。道路公団は低周波振動公害は阿智川大橋ができたことによって生じたことを認めています。しかし、低周波振動が健康に悪影響があることが証明されていないから、住民が希望する補償はできないといいます。一方では道路公団は阿智川大橋の経験を「生かして」、岡谷ジャンクションの高架橋では鉄構造を止めコンクリート構造とし、緩衝地帯もより多く確保しました。村沢氏は住民はモルモットにされたようなものだと指摘しています。温厚な言葉遣いで答弁は行なわれているのですが、まさにてれんくれんと、これは結局「やったもん勝ち」ということだと思います。

 JR東海の準備書説明会での質問への回答の中にも被害が構造物の存在や工事に因果関係があるとみとめられた場合には何とかするというものがいくつかありました。おそらく住民の懸念の方が当る可能性が高いでしょうから、こういう場合は事業計画を認めたとしたら「やったもん勝ち」になる可能性が高いと思います。

 地元紙をざっと調べた限りでは、阿智川大橋公害の最後の対策工事についての説明会が地元で開かれるという1990年の8月下旬のものがもっとも新しい記事でした。1994年に道路運送車両法の改正で、大型トラックの総重量がそれまで20トンに規制されていたものが25トンまで認められるようになりましたが、対策工事が総重量の規制緩和も考慮したものなのか、そうでなかったのかはわかりません。


 ただし、橋梁の基本的な構造は38年前と同じです。鉄の橋ですから衝撃で振動して不思議はありません。問題の起きた集落でどうなのかはわかりませんが、阿智川大橋の中央付近の真下にあたる、国道153号線の旧道の阿智川橋の南側(豊田側)では、現在でも積荷満載の大型車がスピード超過で通過した場合なのでしょうが、ドシンという鈍い音からはじまって周囲の空気がざわざわするような状況がときどき起きるのは確かのようです。





参考

 横浜市の資料(3)の冒頭を読めば阿智川大橋の事例はある程度知られたものと思われるのに、環境省の資料(1)、あるいは(2)では対策事例として取り上げられていないようです。

写真は2013年11月撮影

(2013/12/14)