道の駅、信濃路下條

 下條村の「道の駅、信濃路下條」は1995年頃建設されました。谷の上部の一部を埋め立て造成した敷地に食堂、店舗、休憩施設、駐車場などがあります。下條村はリニアのトンネル工事の廃土を受け入れる候補地のある自治体です。

画面クリックで拡大

 写真の道路は国道151号線で右が豊橋方面。道の駅の後ろは山がありますが、カメラの後も山です。道路は豊橋方面に向かって上りになっています。坂を上りきった所が小松原トンネル(1973年完成)です。写真左の看板(読みにくいですが「そばの城」と書いてあります)の位置が道の駅の敷地の端(北の端)、谷の傾斜でいうと下の方の端になります。この敷地の端はどのようになっているでしょうか。

画面クリックで拡大

 国道から見たところ。傾斜30度程度の斜面になっています。国道をもう少し下ったところから見たのが次の写真。

画面クリックで拡大。右端の黄色の矢印はひとつ上の写真の中心の高さ。

 矢印AとBの場所に注目。道の駅の裏手の駐車場からAの場所を見下ろすと。

画面クリックで拡大

 斜面の一部がへこんでいます。ブルーシートが見えます。造成した斜面の一部が崩れたと思われます。次の3枚の写真はBの位置で、やはり駐車場から見たところ。

画面クリックで拡大

 左に側溝の鉄製のフタ(グレーチング)が見えます。奥の方には階段状に積んだ石垣のような部分が見えます。もともとは側溝から石垣の一番向こうまでの部分に地面があったはずです。側溝のすぐ右から舗装のアスファルトを盛り上げた部分があります。これは削れた斜面に雨水が直接流れないように補修したものと思います。次の写真は石垣の方から見返したところです。

(2015/02/25 補足)側溝の端は水が雨水がこぼれないような手当てはしてないようです(下の写真参照)。しかし駐車場全体の傾斜が写真の手前のほうが低いので、少々の雨なら側溝から崩壊した斜面への漏水はほとんどないと思います。

画面クリックで拡大

 画面左に一部が見えているバリケードの位置で足元を写したのが次。

画面クリックで拡大。(補足 2015/03/04)谷が画面奥に続いて見えます。リニアの廃土はここから続いてこの谷に埋め立てるつもりのようです。

 石垣のように見えるのは蛇籠(じゃかご)を積んだものでした。ネット状に編んだ針金が見えます。崩れてしまったので補修したのではないかと思います。背景には、谷の下の方の棚田が見えています。ちょっと分かりにくいですがバリケードの背後右方には自然に崩れたと思われる崖も見えます。

 リニアの残土、本当は産業廃棄物ですから廃土です。廃土を捨てる場所を、JR東海は窪地といっていますが、伊那谷で候補にあがっている窪地は実際には「ほら」で、沢や谷です。この道の駅も同様の地形の場所を埋め立てて作ったものです。作業の出来具合にもよるとは思うのですが、リニアの廃土の捨て場は、いずれはこうなるのではないかと思いました。

 上の写真でも分かると思いますが、こういう谷は、崩れたり削れたりしてできてきた地形です。もちろん、もっとちゃんとした工事をすれば大丈夫とか、きちんと補修をするから大丈夫といった意見もあるとは思います。そして伊那谷の人はこういうシーンに意外になれっこになっているかも知れません。しかし、この道の駅の場合、きちんと補修ができているというようには見えません。将来にわたって、廃土の捨て場を安全に管理していくというのは大変な仕事だと思います。

写真は全て2015年2月撮影

(2015/02/17)

(補足 2015/02/18) グーグルの航空写真を追加します。斜面の様子が A とB の辺りで様子が変わっているのが分かります。


画面クリックで拡大

 グーグルの航空写真の施設名の位置がちょっと違っています。オレンジの矢印が「そばの城」。「そばの城」と書かれているのは本当は道の駅 信濃路下條 みるく工房「遊牧館」


(補足 2015/03/04)『伊那谷自然友の会報』第176号、松島信幸:「リニア新幹線 トンネル廃土で谷を埋めるな」によれば、下條村が受け入れる廃土の置場は、道の駅の続きの谷です。なお、この谷は活断層の阿智原断層による谷だそうです。国道151号線(遠州街道)の東側にそって活断層があります。


画面クリックでほんの少し拡大。埋め立て予定地を示す線はおよその範囲です。


(補足 2015/04/03) 最近訪れる機会があったので、雪に隠れていた部分もあった、A、B の崩れた場所を見てきました。B の写真を掲載します。


クリックで拡大

 どうせ埋め立て直すのだからということなのでしょうか、建築廃材が投棄してありました。屋根瓦が見えます。

[写真撮影時期:2016年2月15日・3月31日]