リニア新幹線の定員は何人?

なにか変、JR東海の示す数字

1000人それとも728人?

 リニア新幹線1編成の定員は何人でしょうか?

 リニア中央新幹線建設促進期成同盟会によれば、「リニア1編成で航空機の輸送能力を大幅に超える、1,000人を運ぶ輸送能力を有してい」るそうです。この数字はJR東海によると書いてあります(参考)。

(補足 2014/08/15) この期成同盟会のページではリニアのスピードを392km/hと書いています(参考)。これは平均速度です。500km/hは最高速度。

 『日経ケンプラッツ』によれば、2009年8月の記事ですが、「リニア新幹線は1編成当たり約1000人の定員を想定している」と書かれています。

 NHK解説員室の解説アーカイブスは、「全席が指定、16編成で、およそ1000人を運びます」と説明しています。この「くらし☆解説 「リニア新幹線建設へ」という記事は2013年10月1日の日付があります。

本論とは関係ありませんが、NHKでもこんな否定的な説明をしています。「新大阪まで伸ばした方がリニア新幹線の特性は、より発揮されます。ただ、便利な一方で、日本の人口が少なくなる中で、どこまで需要があるのか、将来的な展望、予測を適切にしないと採算がとれなくなってしまいます。

 岩波の『科学』(Vol.83, No.11 (2013))に掲載された独立行政法人産業技術総合研究所の阿部修治さんの「エネルギー問題としてのリニア新幹線」も16両編成1000人で新幹線との比較を行っています。

 2010年7月の「広報なかつがわ」も16両編成1000人という数字を使っています。「交通政策審議会陸上交通分科会鉄道部会中央新幹線小委員会の資 料を参考にしています。」という断り書きがあります。

 2013年6月にL0系が山梨実験線に登場したというニュース。NHKは「乗車定員は先頭車両が24人、中間の車両が68人」といっています(6月3日、ウェブ版)。飯田の地元紙『南信州』は「将来は最長12両編成での走行試験を計画」と書いています(6月4日)。中日新聞は、なぜか「5両編成にすると全長129メートルで、252人が乗車できる」と書いていますが、最終的、将来は12両といったことは書いていません(6月3日)。『信濃毎日』は「最終的には12両(全長299メートル)に増やして試験する」(6月3日)。

 これらの記事をもとに計算すると、リニアの定員は 24+68×10+24=728人になります。1000人にするには、(1000-728)÷68=4 ですから12+4=16両編成が必要です。

 2013年8月下旬に山梨実験線で走行試験が再開されたという時事の記事は、L0(エルゼロ)系を使用して「最長12両編成でさまざまな試験を重ねる計画」と書いています(時事 2013年8月29日)。

 http://www.mlit.go.jp/common/001020276.pdf というファイル。"mlit.go.jp" は国土交通省のページです。こPDFファイル、タイトルは「東海道新幹線と超電導リニアバイパスについて」で、「新たな「国土のグランドデザイン」の構築に関する有識者懇談会資料」です。署名は「東海旅客鉄道株式会社葛西敬之」です。日付は「2013年11月27日」。「超電導リニアと航空機の環境負荷比較」というところに1編成あたりの最大輸送能力として「1000」という数字があります。1000人を計算基礎として「1人あたりの消費エネルギー」と「1人あたりのCO2排出量」を旅客機と比較しています(参考)。

 去年、2013年の6月や8月に最終的に12両編成という話が出ているのですから、葛西さんの上げた1000人という数字はちょっとおかしな話です。

 12両に4両増結すれば16両になるというような、在来線や新幹線ではできそうなことですが、これが簡単なことではないと書いているのが曽根悟氏『新幹線50年の技術史』(講談社ブルーバックス、2014年4月20日)。

 曽根氏は交通システム工学の専門家で、尼崎の脱線事故のあと「尼崎JR脱線事故を受け、安全対策を充実させるため」(※)、2005年からJR西日本に招かれ社外取締役をつとめています。第5章でリニア中央新幹線について書いています。

※ 共同通信、2005/05/26 、「JR西社外取締役に曽根氏 東大名誉教授」

 少し気になることが書いてありました。

運輸省・国土交通省の実用化計画段階では、片道1時間あたり1万座席の輸送力が必要とされ、これを前提に、編成定員1000人、1時間に12本程度の運行を可能とする設計が基本になっていた。しかし、今回の計画での実質輸送力は片道3100人程度にすぎず、本来の姿の約3割に相当する。このことは後で述べるように開業直後に大きな問題になる可能性を秘めている。(p142)

 これは、先頭車(最後尾車)24人、中間車68人で12両編成で定員728人をもとにしています。

定員は、先頭車で24人、中間車で68人程度になる。営業車の社内設備等は未定であるが、2027年の名古屋開業時には直達列車で40分程度の所要時間になるから、東海道新幹線の「通勤列車」に準じた設備としても12両での定員は728人となる。
 2027年開業時の営業計画では、1時間あたり片道5本、うち4本が直達列車で残り1本が途中駅に停車する各駅停車と想定されている。(p142)

 たとえば阿部修治さんのような、リニアの効率の悪さを批判する立場の方が1000人の定員で計算しているのは問題ないはずですね。しかし、推進派の方々がいまだに1000人で計算して、しかも飛行機と比較するというのは、かなりズルイい話だと思います。

 2013年の秋の準備書の説明会でJR東海が配布したパンフレットには定員についてはまったく明記されていませんでした。JR東海さんお得意の「まだ決まっていない」からなのでしょうか。曽根氏は、東海道新幹線が最初12両ではじめてのちに16両にすることは比較的容易だったけれど、「駆動系」を車両の外部、つまり地上に置くリニアではかなり困難だと指摘しています。はじめからどんぴしゃのものを作らないと駄目ということで、あとから需要に応じて定員とか1編成の車両数を変更することが難しいということのようです(p146~p147)。

 準備書説明会のパンフレットは、一人あたりの二酸化炭素の排出量をボーイング777-200と比較しています。リニアが 29.3kg/人で、ボーイング777-200が96.9kg/人です。定員1000人としている葛西敬之さんの署名のある有識者懇談会資料では3倍の違いがあるとしているので、計算のもとになる数字は同じはずで、やはり定員は1000人と想定していたはずです。

 ボーイング777-200については、全日空日本航空のページによれば乗客数は400人程度です。葛西会長の資料では、なんと233人です。ウィキペディアによれば、200シリーズが約300~440、300シリーズが365~550です。こっちもなにか変な感じです。

(なお最初に紹介したリニア中央新幹線建設促進期成同盟会のページは、300シリーズの514人という数字を使っています。=8月10日追記)

新幹線は世界一?

 新幹線の技術でよくいわれていることとちょっと違った観点の話がいろいろあって面白い本です。そのなかで、リニアの開発の初期ころに、鉄道の原理である粘着力について、当時の国鉄の技術陣は正しい理解をもっておらず、従来の鉄の車輪とレールでは全車両を動力つきにするのがよいと考えたことがイギリスの高速鉄道によって覆されたという話(p136)。このイギリスの列車はいわゆる電車ではなくて動力のない客車を前後のディーゼル機関車で押し引きするものでした。また鉄の車輪とレールでは時速300kmが限界とみなしていたこと。だから浮上方式、リニア開発に向かったことなど、間違った理解や失敗もあったことなど。

 新幹線は世界一という常識が蔓延しているのですが、そうばかりでもないよという話も興味深いです。70年台の中ごろに、新幹線の線路の痛みがひどくなって実は新幹線を止めて大規模な補修をしたことなど、ちょっともう忘れていましたが、そのとき乗客はどこへ流れたかと思ったら、単に利用を控えただけのことだったとか。新幹線の耐震強化、若返りのためにリニアが是非とも必要という理由はなりたちません。

(補足 2014/08/15)「単に利用を控えた」:本書では「運休期間の乗客はどこに流れたのか・・・日・時間・手段を変えてほかに流れたのではなく、大部分は単純に消えてしまっていた。便利が乗り物があるから利用するのであって、なければ顕在需要にはならないとの結論を得たのである。(p51)」 これが重要な交通機関を半日運休させた(1976年2月~1982年1月の間に44回)大規模な社会実験の結果。

 日本の新幹線の問題点、ヨーロッパなどの高速列車との大きな違いは、直通がほとんどできないことだそうです。ほかにも運行上で外国ではやっているのに日本ではやっていない合理的なやり方もあるそうです。これは全国的な鉄道交通体系に関わる問題で、中途半端にちょっとだけ速いリニアの建設に巨額の費用をかけるよりはその問題を解決するほうが先だと私は思います。

軽くて速いだけがとりえのリニア

 最初の頃の新幹線はパンタグラフがたくさんついていて火花を散らしながら走っていましたが、東海道新幹線のN700系なんかはパンタグラフは2つだけで、屋根の上に高圧線が引っ張ってあって配電しています。連結部分の屋根のところに大きなガイシのついた電線が見えますね。この動力用の電気を電線から取り込むことがなかなか大変なことのようです。リニアでは外から列車に電気を取り込む必要がありません。

 電車は床下に結構たくさんの機器を吊るして運んでいます。新幹線はカバーがついて見えませんがやっぱり床下にいろいろな機器を積んでいます。これらは列車を運転するのに必要でかなりの重量があります。リニアはこれを列車に積む必要はありません。この二つの点を曽根氏は説明しています。

輸送力の需要に柔軟な対応ができないリニア

 だからリニアは軽くできるのでスピードが速いのです。しかし、普通の電車のほうは単純に言えば、架線に電気が来ていさえすれば、衝突しない限り列車の数や編成の長さを変更することは簡単です。しかしリニアでは、運転に必要な機器類が固定施設として地上に設置されてしまうので、需要に応じて輸送力を柔軟に変化できないのでエネルギー効率が更に悪くなるという指摘を曽根さんはしています。更にというのは、一気圧の環境で飛行機並みのスピードを出そうとすることの非効率やリニアモーター自身の効率の悪さのことだと思います(阿部修治さんの論文を読んでください)。

 各駅停車についても面白い話がありますが、隣駅同士、たとえば、飯田から中津川間を利用する人などほとんどいないということ。中間駅から品川または名古屋へという利用がほとんどだから選択停車制にすればよいという話。JR東海バスがやっていた飯田駅と中津川駅を結ぶ高速バスはいつのまにか消えてなくなりました(いいなかライナー)。むかし「おんたけ交通」や信南交通が運行していた256号線を通る南木曽・飯田間のバスよりはるかに速くて便利なはずだったのに(もっと前は岐阜の坂下までの路線だったそうな)。

無駄で大馬鹿げた事業のお先棒を担がないために

 曽根さんはそうは書いていませんが、リニアの技術というのは鉄の車輪とレールを使う鉄道にくらべ輸送機関としては、かなり問題だらけという印象を受けました。そして新幹線や在来線も改良の余地があることなど。リニアのエネルギー問題、物理学的な観点での考察は阿部修治さんの説明が参考になりますが、鉄道システムとしてみた場合曽根さんの本は大いに参考になると思います。リニアに賛成の人も反対の人も是非一読を。

(2014/08/07)


補足 2014/08/23

 こんな記事がありました。5月30日の『山梨日日新聞』は次のように書いています。

 JR東海の柘植康英社長は29日の会見で、山梨リニア実験線(上野原市-笛吹市、42・8キロ)でのリニア試験走行を、30日から約1カ月間中断することを明らかにした。現状7両編成のリニア車両に中間車両を連結し、当初計画した最長編成となる12両にするため。6月末をめどに12両編成で走行試験を再開する。
 実験線の車両基地に中間車両の運び入れを終え、連結作業を始める。柘植社長は「(16両を想定する)営業線により近い長大編成で、列車制御や走行性能などの各種データを取得する」と述べた。「リニア試験走行1カ月中断 JR東海 12車両に再編成」

 このページで参照しているほかの記事では「最終的に12両」としているものがあります。この記事では、16両編成で営業を開始するのか、12両編成で開業してのちに16両に増やすのかははっきりしません。「(16両を想定する)営業線」は柘植社長の言葉という書き方ですが、カッコで補足したのが柘植社長ということがあるでしょうか。記事の書き方としてちょっとあいまいです。JR東海が準備書説明会で住民に配布したパンフレットでは何両編成とははっきりと書いていません。12両編成で実験が上手くいけば、16両編成のテストは不要という意味なのでしょうか。

蛇足 2014/08/23 飯田市から「隣」の中津川市に行く、公共交通としては高速バス+路線バスですが、飯田は田舎ですから主として自家用車の利用になります。ルートとしては、153号線、256号線、19号線と走るか、中央自動車道を使うかです。前者が約60kmの約2時間弱、後者は約50kmの約50分、有料道路料金1490円(恵那山トンネルのために他の区間より割高)。時が金にならない庶民は前者を選びます。リニアでいったら、東京と名古屋の間です。東京の隣の大都市といったら名古屋です。料金(新幹線、10360円~11090円)の違いは約千円、時間の違いは約1時間(リニア40分、新幹線95分)。新幹線のダイヤをよほど不便にしなかぎり庶民はリニアなんか使いません。時間はもっとかかりますが東京、名古屋間は高速バスだってかなり利用されているはずです(「ジェイアール東海バス」という会社の場合、5~6時間半で5250円、東名、新東名、中央高速の3ルート)。夢でなくても現状でも結構便利。


補足 2014/09/07

技術自体が未確立

 『神奈川新聞』(『カナロコ』) の記事「地下1400メートルにトンネル リニア、技術未確立のまま着工へ」は、独立行政法人・産業技術総合研究所の阿部修治首席評価役のコメントを紹介しています。

 そもそもJR東海は「営業運転が何両編成になるかは決まっていない」と説明する。山梨の実験線では、今年6月に7両から12両編成に増やしたが、現在は7両に戻して走行試験を実施している。阿部さんは「営業運転までに開発しなければならない技術はまだまだたくさんある」と、技術自体が未確立のまま走りだしたプロジェクトの推移に注目している。

※注:「1編成1000人」は16両の場合、12両なら728人。