『地方自治体から満蒙開拓を考える』
8月3日、元阿智村の村長の岡庭一雄さんの講演会がありました。日本の地方自治制度は、明治以降、中央集権国家を作るための制度として始まって、徴税、徴兵、公債募集等を国にかわって行う機関として、整備されてきたそうです。また、「『地方改良運動』にみられる、軍国主義的な国つくりの自発的な服従協力関係を作り出す役割を担わされてきた」と。
阿智村には満蒙開拓を記憶するために『満蒙開拓平和記念館』が昨年(2013年4月)にできました。「満蒙」というのは満州と内蒙古のことで、満州は現在の中国東北部のことです。満蒙開拓といえば、たとえばNHKテレビのドキュメンタリー、『満蒙開拓団はこうして送られた~眠っていた関東軍将校の資料~』 (Youtube)で語られるように、軍人が発案して国策として行われたというようなことは知られていると思います(※)。岡庭さんは、じつは町村の果した役割が大きかったと話されました。
東北の農村の窮乏化のほうが厳しかったといわれるのに、長野県が(満州移民の)最も多い送出県であることの背景には、国策に忠実でそれをより進める長野県の施策があったのである。特に、下伊那郡が県下の中でも多いのは、下伊那町村会が挙げて満州移民を送ったことにある。(講演会レジメ)
町村として移民を送り出すにあたって、町村長たちが満州へ視察にいったそうです。下伊那郡のなかで大下條村(現在の阿南町)の佐々木村長は、この移民計画が無謀なことを理由に村として移民を送り出すことはなかったことは注目すべきとのことでした。戦前の全体主義時代であっても住民を守るという考えのあった自治体の首長はいたというこの点が一番印象に残りました。
何事にも光と陰の部分は
岡庭一雄さんの講演は下伊那郡高森町の福祉センターで「特定秘密の保護に関する法律」の学習会の一環として行われたものですが、その高森町の議会でこんなやり取りがありました。リニア新幹線に関連した中川議員と町長のやり取りです。
中川議員の最後のリニアの最大のマイナス要因はなにかという質問、飯田下伊那地域にとっての悪影響はなにかという意味なのだろうと思いますが、町長は「よくわかりません」と答えています。高森町はCルート、南アルプスにトンネルをあけるというルートが決定した当初は飯田市座光寺との境界に近い地区にルートが来るという「ウワサ」がありました。環境影響評価準備書とともに公表されたルートは高森町は通過しないことがわかりました。当時、町内で開かれたJR東海による準備書の説明会では町関係者、関係地区関係者のほっとしたという気持ちがはっきりみてとれました。別の質問たいする町長の「高森町を通過するわけでもありませんし、中間駅ができるわけでもないので、町として独自に住民への説明会をする材料を持ち合わせてはいないので現在は住民への説明会を開催する予定はありません。」という言葉と、「リニア中央新幹線が来ることで、明るい未来が来るわけでなく、これをどう生かして明るい未来につなげていくことができるのかを考えるのが必要です。」という言葉は、「ちょっと心配だけれど、直接高森町には関係ないからいいんじゃないですか」という意味に思えます。
熊谷町長さんの思っていることは基本的な部分は、ルートが来るほかの町村の首長さんと大差はないと思います。短期間で悪影響が少ないこと、取り返しのつくことなら、多少のマイナス部分は我慢すべきとは思いますが、もちろんそして良いところがあるならですが、しかし、リニアのような問題だらけの場合は、私は単純なので、マイナス部分があるなら止めとけよと考えます。地方の市町村の首長さんたちはもっと難しく考えるみたいです。
一方。豊丘村の小園という地区はウワサのルートから外れた地区です。この地区の方で準備書の説明会で、準備書では遠くから見る限りは良い景観になるようなことが示してあるけれど、はじめルートが来るという話があったとき山梨の実験線を見にいって近くに高架橋があるような様子をみて非常に気の毒で哀れだと思ったが、ルートの来る地区の人たちの要求は良く聞き入れてもらいたいと発言した方がいました。自治体の住民のなかにはこのように考える方も結構いるのだろうと思います。
また。飯田市ではたった二十年ほどまえに、飯田市自身が造成分譲した住宅団地にリニアの路線と保守基地ができ、ほとんどのお宅が立ち退きとなるはずです。JR東海は否定していますが、地元の要望で恒川(ごんが)遺跡郡と名水・猿庫(さるくら)の泉を守るためにこんどのルートになったともいわれています。飯田市で開かれた準備書説明会では、飯田市内の別の集落のかたから、希少生物とかいろいろ言うけれど、ルートの通る集落にも人類が住んでいてその住環境を壊すのはどうかと思うし、ほんとうは立ち退きたくはないという声もありました。
これらのことから感ずるのは、住民と市町村当局の意識の方向が違っていることは明らかだと思います。住民を守る制度でなかった戦前の町村ならいざ知らず、民主憲法下での市町村がもっとも身近にいる住民の気持ちを考えず、JR東海や国土交通省の代弁をしているかのような状態は非常にまずいと思います。
特に、飯田市長の牧野光郎さんは、リニアは失敗すると指摘している橋山禮次郎さんと同じ、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)に勤め、公共事業については橋山さんと同様の見識と分析眼を持っているはずです。その点が高森町の熊谷町長や他の近隣のルートの来ない自治体の首長と違う点です。光と陰なんてあいまいなことでお茶を濁していて済む立場ではない。それ自体事業として失敗する可能性が高い事業が地域の活性化に役立つはずはないと思います。そんな事業には協力できないとはっきり言うべきだと思います。飯田市のほかに大鹿村、豊丘村、喬木村、阿智村、南木曽町の首長さんもはっきりノーといえばよい。リニアについては、悪影響を最小限にして利益をとれる可能性はないと思います。
飯田・下伊那の首長さんたちは長年、リニア建設推進期成同盟に属して来たのに、おそらくいまだに、この地域にリニアがもたらす効果があるのかないのか、分からないままでいるのではないかと思います。用地買収交渉の心配がなくなった熊谷町長さんはうっかり「わからない」といってしまったけれど、他の首長さんたちも内心は同じだと思います。そんな状況で、住民がこうむるマイナス面は非常にはっきりしているにも関わらず、ともかく千載一遇のチャンスだからというのは無責任すぎます。また、自治会組織の幹部もともかくリニアには反対できないという気持ちでいるというのはリニア全体主義です。公聴会で発言した北条地区の自治会組織(まちづくり委員会)の代表者は発言後席にもどってから「これでよかったですね」と一緒に来た自治会幹部に語りかけていました、その自信のなさそうな態度を思い出しました。
リニアについて正しい情報を伝えるなら住民の大部分は理解できるはずと思います。だから、いまさらに思えても、そもそもリニアとは何であって、本当に必要なのかということから考え直す必要があると思います。自治体は住民の支持を得るべきだと思います。
高森は関係ないみたいなことを町長はいっていますが、環境影響評価の景観について検討された全16箇所中の4箇所、25パーセントは高森町内からの視点でした。ルートのくる、大鹿村は1箇所、豊丘村は2ヶ所、喬木村は3箇所、飯田市は6箇所。残土運搬の車両の通過もあるはずです。そして地域経済を活性化させる千載一遇のチャンスであれば高森町は大いに関係あるし、国家的プロジェクトですから「100年の愚策」の場合も関係ないとはいえないです。だいたい同じ立場の中川村の村長さんは住民の生活環境を守ろうという点で常に住民の立場にたって発言しているように見えます。
(2014/08/16記、08/25掲載)
※ このドキュメンタリーのなかで東宮鉄男が戦死したあとの葬儀の様子が出てきます。香典帳に花輪を送った人物として岸信介の名前が紹介されていますが、ご存知のとおり現在の安倍晋三首相のおじいさんです。祖父がとんでもない人であっても孫はちゃんとしているというのが庶民ではだいたい普通でこういう書き方はすべきじゃないのですが、残念ながらこの例はどうしてもこう書きたくなります。
飯田市は市民の側に立っていない: 自衛隊の隊員募集について長野市と飯田市以外の17市は自衛隊に対して市民の個人情報を住民基本台帳法に基づいて閲覧させ、そのことを公表しているのに、『信濃毎日新聞』(2014年8月16日)によれば、飯田市と長野市は、「市町村が『自衛官の募集事務に関する事務の一部を行う』と定めた自衛隊法に基づき」名前、住所、生年月日、性別の情報を名簿にして提供しており、その事実も公表していません。同紙は「『市民の側に立った対応とは言えない』と疑問視する専門家もいる。」と書いています。長野市と飯田市は自衛隊員の募集は戦前の徴兵事務の延長であり徴兵制も将来は当然あるべきと考えているのでしょう。