豊丘村会、滝川利秋議員の討論
6月21日の豊丘村会の本会議の討論は非常に興味深いものでしたが、その中でもハイライトの滝川利秋議員の討論を紹介します。メモと覚えを元に構成したので多少間違いがあるかもしれません。正式な議事録、あるいは録画等がおって出てくるはずですからご確認願います。それでは、請願に賛成する立場で述べさせていただきます。
近年、おまかせ民主主義という言葉に象徴されるように、世間一般では、人任せ、無関心が、世の流れになって今回の小園の皆さんの取り組み住民運動は村の歴史に残る見事な住民運動だったと思います。今は、村側と対峙したように見えますが。そうではありません。本当は、小園の皆さんの住民運動が村を救ってくれたんだと私は思っています。
先日の一般質問で、私を含め3人の議員がこの問題を取り上げました。その中で村長は、次のような答弁をしています。「残土処分候補地がある周辺市町村では、下流域の同意はおろか、土地所有者すら把握しておらず、各自治体はほとんど関与していない。豊丘はかかわったばっかりにとばっちりを受けた」といった内容でした。確かな知識がなかった私は、その答弁に反論することができませんでした。
残土処分候補地を提案した市町村が、ほとんど関与していないということは、とてもそうは思えませんでした。そこで私は自分の目と耳で事実関係を調査するため、松川町、飯田市、喬木村へいって話を聞いてきました。よおくわかりました。村長が答弁で説明したようなことはありませんでした。村長は多分なにか勘違いをしています。それを証明させていただきます。
まず、松川町さんでは、まあ一番最初は平成25年5月に県より残土の処分候補地の調査がきたわけであります。それを受けて、町では、まず課長会で、どのように取り組むかについて検討したようです。そしてその結果が、松川町には町内8つの区があるそうで、町内8つの区へ照会をかけたそうです。そしてその結果が、ほとんどの地区からは、自分のところはどうかということは上がってこなかったわけですけれども、生田の生東区というところより2か所あがってきたというお話でした。あの、厳密にはその後また1か所追加ということだそうですけども。最初は2か所上がってきたということでした。町では、それを県に報告し、その後、町と、生田には3つの区があるそうですが、生田の3つの区と打ち合わせをし、生田全体で情報を共有しているということです。下流域や地権者から同意は町ではタッチしていないけれども、いまのところ住民からは町への苦情等は聞いていないというお話でした。
お隣の喬木村さんへいってまいりました。喬木村さんでは、そういったことで県からの、候補地の調査があったとき、それを受けて、まず、ここも同様に、まず、庁内で課長会で相談協議し方針を決めたそうです。それは大きく2つありました。一つ目は、喬木村村内の関係での発生土は8万5千立米ということですので、小園が、源道地が50万ということですので、そのだいたい見当がつくかと思いますが、そういうことでだいぶ量自体が、発生土自体が少ないわけであります。8万5千立米が村内で発生する、その部分については、リニアの路線に住宅や、喬木の場合は住宅や工場がかなりかかるというようなことで、ま、それの移転先を村外へ行かれては悲しいということで、なるたけ村内へとどまってもらうために、その工場団地であるとか住宅地の造成にそのくらいなら使えるということで、場所はこの時点では特定できないけれども8万5千は村内で使う。そしてもう一点、それ以外の、よそからというか、それ以外の残土については、今後問題が発生する予想もあることから村としては受け入れられないということを、その2点を県に報告したということでした。その後、今場所は特定できないと言いましたが、移転先の住宅団地だとか工場団地だとかのその移転先について、各区へ相談をかけ、もんでっていただいて、今だいたいその場所が決まってきたというお話でした。それを、その喬木村さんをみてもそうですが、喬木村さんの場合は最初から最後まで全部村がかかわっていることだと思います。
飯田市さんの場合は、飯田市さんも同じように県からそういう調査が来たときに、まず、あのちょっとこれはそこのところは正確ではないのですが、確認ができていないのですが、飯田市の場合は多分、部長会というのがあると思いますけれども、そのことは聞かなかったんですけれども、まず旧町村の20の支所が飯田にはあるそうです。それの支所長会議というのが、センター長会議と呼んでいるそうですが、センター長会を開いて検討し方針を決めたということです。その支所ごとには、町づくり委員会というのがあるそうで、その町づくり委員会に投げかけたということです。そしてその町づくり委員会で、ま言ってみれば区っていうようなもんだと思いますが、各地区より上げてもらい、飯田市が合計の立米数を県に報告したということです。市が周辺の同意等はとっていないと思いますけれども、担当者の、お聞きした、説明の中では、市がすべてかかわってきたというようなこと、あるいは、丁寧なやり方でやってきたというようなことが、説明会の回覧はとにかく、地権者は簡単に把握できるけれども、それにかかわる周辺は、市ではとっても把握できないので、なんとか組合であるとか、そういった関係があるので、全戸へ配布してということを徹底したというお話でした。
以上ことから、周辺住民への同意等は自治体がかかわっていなくても、すべて、まず庁内でしっかりと検討され、区などへ、区など地元へ下ろしているということがわかると思います。つまり近隣市町村では全て自治体が最初からきちんとした形で関与し取り組んできたということがわかります。
もう一点であります。6月9日の予算決算委員会終了後のことです。総務課長より、その前の前日であります、6月8日に行われました、今日の話にもよく出てきましたけれども、村、県、JR、伴野区、伴野原自治会の五団体による調整会議で、JRが源道地を断念したことを受け、源道地がこれで発生土置場の候補地でなくなったことを五団体で確認したという報告がありました。それが新聞にもありますし、理解できることでありました。さらに加えて、村と県との間で今後いっさい源道地についてのやり取りはありえないということを確認したと報告がありました。私はこの村と県との間で今後一切源道地についてのやり取りはありえないという辛辣な言葉が引っかかっていました。この言葉の真意はなんなのか。私は合庁へいって、先日確認してきました。最終確認は昨日もう一度行ってきたわけでありますけれども、出席した職員の方はその言葉は記憶にないということでした。また同席した県庁の方にも連絡をとっていただきましたが、やはりそのようなことはないということでした。村と県との間で今後一切源道地についてのやり取りはありえないということを確認した(という)事実でないこのことがこの請願を牽制するような言葉に聞こえます。
もう一つ、合庁を訪ねた目的がありました。それは村が県へ源道地を候補地をあげた際の書類を私自身が確認したかったからです。村は平成26年7月11日に県およびJRに先ほどのリニア特別委員長さんの報告の通りです、県及びJRに源道地を候補地としてあげたと公表しています。この書類を見せてほしいと職員に依頼したところ、そんなものはない、村からからあがっているものは、本山厚生会と戸中の2か所は確かにあり、2か所のみであり、源道地の名前は一切あがっていないとのことでした。7月11日に行われたJRの村へのヒアリングの際に村は源道地を候補地としてJRへ提案、その時に県も同席していた県もそれは承知していますが、正式な書類は県へは提出されていないということでした。以上、村側の発表は大事な点で事実と異なっています。これでは何を信じて良いかわからなくなります。平成の時代に大本営発表はあってはなりません。小園の方々は、請願で11年後の夢、浪漫がこの伊那谷豊丘の発展につながって欲しいと語っています。リニア開通に向け、村は住民に軸足をおいた丁寧な取り組みが求められます。私たち議員は正義感をもって住民の代表であることを自覚して判断しなければいけないと思います。請願は採択されるべきものです。以上です。
(傍聴席より拍手)
(2016/06/24)