リニアは基本的人権にかかわる問題
「公共の福祉と私有財産」について
国土交通省北陸地方整局用地部
「公共の福祉の増進」というキャッチコピー
「公共の福祉と私有財産」というのは、国土交通省の北陸地方整備局のホームぺージの用地部のページ(※)のタイトル。次のようなことが書いてあります。
私有財産の保護
憲法29条では、私有財産制度を保障しており、個人の財産は守られています。一方で、公共の福祉の増進のため私有財産は、正当な補償を行うことで公共のために用いることができるとされています。
私有財産は、憲法29条によって守られています。権利者以外が、使用することはできません。
公共の福祉の増進のために土地を用いる場合
個人の土地が公共の福祉(道路整備、河川の整備など)のために必要な場合は、正当な補償を行うことで公共のために用いることが出来ます。
憲法29条は、どうなっているのか?
第二十九条 財産権は、これを侵してはならない。
○2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
○3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
「公共の福祉」という言葉が憲法で使われているのは他には、第12条、13条、22条です。すべて「基本的人権」に関する条項です。「基本的人権」は第11条で「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」と書かれていてこれは最も尊重されなければいけない権利です。
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
さて、北陸地方整備局用地部は「公共の福祉の増進(道路整備、河川の整備など)のために」と書いています。憲法29条は「公共のために」と書いているだけです。「公共の福祉の増進」ということばは憲法ではまったく使われていません。
第29条の第2項では「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」に「公共の福祉」がでてきます。この部分での使われ方は、第12条、13条、22条と共通するもので、ちょっとわかりにくい表現です。しかし、「公共の福祉」という用語の一貫性はありそうです。
私たちは、中学校で「公共の福祉」といえば公共事業という印象を植え付けられてきていると思います。しかしそれは間違っています。「公共の福祉」はある基本的人権と別の基本的人権が衝突する場面でどちらを優先すべきか調整すること(概念)です。
公共事業というのは公益や公共性があるから行われるもの。学校や医療機関を建設するとか、いろいろありますが、道路整備、河川の整備もその一つです。鉄道もそうですね。
市町村などの地方自治体が主体の公共事業でなにか建設する場合、学校とか住民が直接利用する施設が多いですが、成田紛争のような事件が起こる可能性はあるでしょうか。首長がよほどのバカでない限り、地権者の承諾を得て用地の確保の見通しが立ってから実際の計画は具体性をもって来るので、まず紛争は起きないと思います。
ところが県、国、国から認可を得た大企業が行う公共事業では、これがいきなり「国家プロジェクト」、「国策」になって、「土地収用法」や「国土交通大臣の認可」をお墨付きにして、地権者には「何の相談もなく」、まるで「赤紙」でもよこすように「金をやるから文句を言うな! どけ!どけ!」ということになるわけです。
北陸整備局用地部が言っている「公共の福祉の増進」というのはイコール「国策」と同じだと思います。
では「公共の福祉」という「わかりにくい概念」を「土地収用」を伴うような国家的事業に、憲法の原則に従って、解釈するとどうなるか。
大型の公共事業を実際にやるのはゼネコンです。ゼネコンは儲けが大きなデカい仕事がやりたいはず。大型の公共事業は支払の点でも安心です。政治の担当者とゼネコンが仲良しなら、政府が大型公共事業を計画したり認可したりするのは当たり前です。つまり、「ゼネコンという私企業の資本=財産の使い方の自由」と「小さな土地の所有権や居住権という基本的人権」の対立があるんですから、「公共の福祉」が基本的人権の調整概念として働くなら後者を優先するのが当たり前だと思います。現在はなし崩しで進んでしまうことが多いのですが、一般国民としては、国の機関などが出す認可などについては行政訴訟で対抗できるし、土地収用法もいきなり土地を取り上げることはできず事業の認可後でも土地収用委員会で話し合ってからでないと土地を取り上げることはできず、その過程で地権者は異議を申し立てることもできます。日本は民主主義が建前の国家ですからそういう基本的な枠組みはできています。ただ、一般国民がなるべくそういう行動をとれないように「お役人」が仕掛けた意地悪な仕組みが所々にありますね。
今回のリニアの認可取り消しの訴訟も、訴状を裁判所に提出するだけで300万円以上の印紙を貼ったそうです。
北陸整備局のページのこの図解は非常に悪質だと思います。
リニア計画は人権侵害
国家と大きな資本が結びついて国を支配しているという構造があるので、そのことで基本的人権が犯されないようにという考え方が、日本国憲法の背景にありました。また現在もあります。リニア新幹線についても、公共事業とは言いながらじつは背景にそういう構造があるのではないか。リニアの問題は環境や経済、安全性などいろいろな問題がありますが、これは基本的人権にかかわる問題でもあります。
何の相談もなく、2013年秋にいきなりルートにかかると宣告を受けてから3年、なんの手当もなく放置され続けている移転対象者の居住権はどうでも良いのですか? リニア以外でも経済浮揚策としてどこで何が行われるかわかりません。そうなれば、だれでもが立ち退きを迫られる可能性があるのですから、他人事ではありません。事業者として「置きやすい」谷や沢にトンネル残土を処分して流域の住民を土砂災害の危険にさらすこと、これも人権侵害です。
最初に引用した北陸地方整備局の憲法第29条の説明文:
憲法29条では、私有財産制度を保障しており、個人の財産は守られています。一方で、公共の福祉の増進のため私有財産は、正当な補償を行うことで公共のために用いることができるとされています。
を、政治家やお役人は、実はこんなふうに読んでいるのかも:
日本は自由競争、弱肉強食の資本主義社会。憲法29条では、私有財産制度を保障しており、「巨大な私有財産(例えばJR東海やゼネコン)」は守られています。大企業の収益の増進のため「小さな私有財産(住居、農地など)」は、正当な補償を行うんだから「相談なし」で公共のために「どけということ」ができるとされ、最終的には力で立ち退かすこともできます。
21世紀の現在では、許されることじゃないと思います。
参考:渡辺洋三著『新版 日本国憲法の精神』(新日本新書499、200年)は次のようにいっています。
現代憲法は、自由権のうち、経済的自由については資本家の財産権の自由を制限し、その代わり、労働者や消費者をはじめ、国民大衆の生存権(社会権)を新しい人権として承認するようになりました。資本家の財産権の自由を制約する論理が「公共の福祉」と言われるものです。・・・法人企業には人権がありません。人権は、生身の人間の権利です。会社は人間ではありません。・・・企業の経済的行動の自由を、いくら強く制限しても、人権違反とか憲法違反とはなりません。逆に、国民の生存権を侵害する企業の経済活動の自由は、現代憲法のもとでは、違憲です。(p67~70)
(2016/09/09)