コンコルドの失敗
リニア新幹線が上手くいかないことの引き合いに出されるコンコルド。コンコルドは高度18000mの成層圏を音速の倍の速度で飛行。2000年7月25日。パリのシャルル・ドゴール空港で離陸時に墜落事故を起こしました。4200mの滑走路を時速約300㎞で離陸走行中に火災を起こしました。大型機は停止までに2㎞ほど必要なのに滑走路の残りは1㎞もなかったので離陸せざるを得ず結局墜落しました。この事故が印象に強いのですが、実はコンコルドは死亡事故を起こしたのはあの1回だけだったそうです(※)。安全性は高かったのです。しかし、事故後、さまざまの対策をして運行を再開したのに直ぐに運行を止めてしまいました。運行にコストがかかりすぎることが理由です。
※ ほかのジェット旅客機の中には事故を度々おこした機種もありましたが、使われ続けています。
※ 滑走路の長さが6000mとか7000mあれば離陸せずに停止させることもできたはず。コンコルドに限らずどんな飛行機でも、本当に安全を考えたら、十分長い滑走路を建設すべきなのに、費用の関係でできない相談だから、滑走中に何か起きたらとりあえず離陸してから対策を考えるというのが普通のようですね。(2017/02/28 補足)
ドゴール空港の事故の原因にせまるナショナルジオグラフィックチャンネルのドキュメンタリーがYoutubeで見れます。
いくつか映像中のコメントを拾ってみました。
実にすばらしい旅客機でした。美しい白い鳥あるいは白いロケットなどと呼ばれていました。傑作機です。(NTSB調査官、ボブ・マッキントッシュ氏)
飛ぶところはまさに航空ショーでした。みんなほれぼれしながら見ていましたよ。あの騒音も航空ショーを思わせましたね。(元コンコルド操縦士、ジャン・ルイ・シャトル氏)
コンコルドは技術的な傑作です。この世界でただ一つの超音速旅客機は音速の2倍以上の速度でより宇宙に近い成層圏を飛行します。(ナレーション)
高度およそ18000mという、深い深い紺碧の空を飛びます。本当に特別に作られた航空機でした。(ボブ・マッキントッシュ氏)
コンコルドの三角翼は超音速での空気抵抗の減少に役立つ一方で、 通常の速度ではデメリットが大きく 、特に離陸時に揚力を得にくいことが難点で、低速時には非常に大きな空気抵抗をはねのけるだけの推力が必要だった。滑走路までの地上走行でも平均的な乗用車が半年に使うくらいの燃料が必要だった。
運賃は高額でパリとニューヨーク間の往復で100万円。
事故後取られた対策: より強靭なタイヤの開発、燃料タンクの強化、滑走路の点検と障害物の取り除き
事故から1年3か月で運行再開。2年後、増大する燃料コストと利益の悪化のためエールフランスとブリティッシュエアウェイズはコンコルドの引退を決定。2003年11月26日が最終便となる。
これは人類の航空史上初めての後退です。人類は超音速機による旅客輸送を止めたのです(ジャン・ルイ・シャトル氏)。
引退するコンコルドを見送るのは悲しいことでした。でもあの航空機は1965年の技術でしたから、歴史的にそういう時だったんでしょう。人類は次の技術に進みます(ボブ・マッキントッシュ氏)
中でも「人類の航空史上初めての後退」と事実を冷静に受け止めている元操縦士の言葉は印象的です。同じ先端技術を扱っていても、NHKの「プロジェクトX」とはかなり趣の違ったドキュメンタリーです。
なお、この事故を扱ったドキュメンタリーには「セコンド・フロム・ディザスター」というのがあります。もとは、やはりナショナルジオグラフィックチャンネルで放送されているテレビ番組です。
こちらでは火災発生時の速度は320㎞、滑走路の残り2㎞、停止距離3㎞と言っています。
コンコルドの技術というのは飛行機の機体だけの問題で、コンコルドが失敗しても幾つかの機体が博物館に記念品として残されるだけで、各地の飛行場はほかの飛行機が使い続けます。しかし、リニアが失敗した場合、列車だけでなく路線の高架部分、トンネルや駅、大規模な変電所などすべてが無駄になります。リニアも1960年代の発想と技術をもとにしています。また列車の時速300㎞以上に固執するのも1960年代の考え方です。
(2017/02/15)