更新:2018/09/15
世界の浮上式鉄道の開発の歴史を簡単な年表にまとめました。大きな流れとしては、まず空気浮上方式は早期に放棄されました(※)。磁気浮上方式のうち、超電導リニアは営業路線がまだできていません。また、超電導方式は1980年前にドイツと日本では日本航空が問題点が多いとして採用しなかった経緯もありました。ドイツが開発した常電導の磁気吸引方式のトランスラピッドは、10数年まえから上海で営業運転をしています。しかし、ついに、ドイツ本国では建設されませんでした。結局、鉄のレールと鉄の車輪による従来の鉄道にとってかわるものとはなれなかったし、必要性も認められなかったのです。ドイツが国内の敷設計画を止めた2008年が浮上式鉄道の歴史の終わりと言えます。
※ 空気浮上方式は1970年代半ばころまで実験車両がつくられたりしましたが、騒音、エネルギー消費、などの点で問題が多く実用化されませんでした。
磁気浮上開発年表
1935年 | ドイツのヘルマン・ケンパーが「磁力により鉄道線路上に浮上・案内走行する車輪を用いない車両による浮上鉄道」の特許を取得。電磁吸引方式(=常電導方式) |
≪初期からあった浮上式鉄道への批判 ≫
磁気浮上に対する批判:「車両を線路から持ち上げるために必要とする力はかなり大きく、少なくとも線路上にある車両を駆動する際の摩擦抵抗に打ち勝つために必要な力より大きい。その上に更に力を必要とするので、当然のことながらコストはより高いものとなる。」(ドイツ連邦鉄道)。
対する、ケンパーたちの反論は:「この新しいシステムは多くの利点を有しており、避けることのできない物理的なコスト増は認めるとしても、全体的には、短期間にそれを償うことができる」。コストの点で劣ることをケンパーたちも認めていた。(*1)
1968年 | 米のパウエルとダンビーが超電導磁石を利用した磁気浮上式鉄道の特許権を取得 |
1969年 | ドイツ連邦政府による「高性能・高速鉄道」(HSB)計画の研究がベルコウ社、ストラバグ建設、ドイツ連邦鉄道に委託。独各社の浮上式鉄道の研究開発のきっかけに。 |
1970年 | 旧国鉄が超電導磁石による誘導反発方式の検討を始める。 |
1970年 | クラウス・マッファイ社の「トランスラピッド01」(電磁吸引式)。 |
1970年 | この年できた、全国新幹線鉄道整備法(全幹法)は、 "新幹線鉄道の路線は、全国的な幹線鉄道網を形成するに足るものであるとともに、全国の中核都市を有機的かつ効率的に連結するものであつて"、"国民経済の発展及び国民生活領域の拡大並びに地域の振興に資すること" とうたっている。 |
1971年 | メッサーシュミット・ベルコウ・ブロム社の「基本原理実験車」(電磁吸引式)。 |
1972年 | クラウス・マッファイ社が磁気浮上との科学的な比較のために空気浮上の「トランスラピッド03」を実験。 |
≪ ドイツも超電導方式を研究 ≫
1972年 | ドイツのジーメンス社などが超電導方式の研究を開始。エルランゲンに環状試験線を設置し1974年から、試験車(超電導電磁誘導反発式)の走行実験を行う。 |
1974年 | メッサーシュミット・ベルコウ・ブロム社とクラウス・マッファイ社が「トランスラピッドEMS社」を設置。 |
1974年 | 日本航空がHSSTの研究を開始。電磁吸引方式の採用。 |
≪ 日本航空が超電導方式を採用しなかった理由 ≫
ヘリウムの冷却,液化にかなり大きなパワーを必要とするし,また高価なヘリウムの散逸を防ぐことに技術的困難が予想される.その他強力な磁場が人体に及ぼす影響とか,高速における動安定など今後解明せねばならぬ多くの点がある一方、常電導を採用した理由は:大部分がすでに解明され実用化されている技術の応用であり,それゆえに安価でかつ実用化がきわめて容易であること、西ドイツの吸引式磁気浮上方式が低公害,省エネルギーの点で優れており,かつ最も早く実用に供しうる可能性が高い(*2)
1977年 | ドイツの各社が集まりトランスラピッド・コンソーシアムを設立。常電導の磁気吸引方式に開発を統一。 |
≪ ドイツが超電導方式を採用しなかった理由 ≫
- 渦電流によるエネルギー消費が大きい(金属の建築資材に制限)
- 浮上・着地用の車輪装置、超電導磁石の冷却装置など余分な車上装置が必要
- 乗客や持ち物に対する強力な磁場の影響が不明
- 全ての運転状態での快適な乗り心地を得るための技術が未解決
- 低速時の磁気抵抗の問題 (*3)
1977年 | 宮崎実験センター開設・車両搭載用冷凍機第1号完成・逆T型ガイドウェイ |
1979年 | ハンブルグ博覧会で「トランスラピッド05」が観客。5万人を運ぶ。 |
1980年 | 宮崎実験線でU型ガイドウェイの走行試験開始 |
1982年 | トランスラピッド・インターナショナル社設立。 |
1985年 | つくば科学万博でHSST-03が走行 |
1987年 | エムスランド実験線完成。 |
1987年 | 国鉄の分割民営化 |
1988年 | 「トランスラピッド06」が412.6㎞/h達成。 |
1988年 | 埼玉博にHSST-04が出展走行 |
1989年 | 「トランスラピッド07」が435km/h達成。 |
1989年 | 横浜博でHSST-05が旅客輸送実施 |
1991年 | マレー・ヒューズ著/菅健彦訳『レール300 世界の高速列車大競争』(山海堂)に、浮上式鉄道への批判的記述。(*4) |
1992年 | 『日経サイエンス』10月号に、G.スティックス「米国のマグレブは浮上するか」掲載 "磁気浮上車マグレブの営業運転に向けて,日独に水をあけられていた米国が研究開発に乗り出した。だが,その推進を巡って消極的な意見が噴出している。" (*5) |
1995年 | 阪神淡路大震災 |
1996年 | ドイツ連邦政府が「磁気浮上鉄道需要法」を制定。ハンブルグ・ベルリン間の需要予測のやり直しをさせる。 |
1996年 | 山梨実験センター開設 |
2000年 | ドイツ連邦政府は、需要予測が過大であったとして、ハンブルグ・ベルリン間のトランスラピッド建設中止を決定。 |
2000年 | 国交省の実用技術評価委員会で超電導リニアの「実用化に向けた技術上のめどは立った」と評価 |
2003年 | 超電導リニアの3両編成列車が581km/hを記録 |
2003年 | 超音速旅客機コンコルドが運行をやめる。 |
2003年 | 開業準備中の上海の路線でトランスラピッドが501km/hで走行。 |
2004年 | 「上海トランスラピッド(SMT)」開業。 |
2005年 | 国交省の実用技術評価委員会で超電導リニアの「実用化の基礎技術が確立した」と評価 |
2005年 | HSST方式の名古屋のリニモ(愛知高速交通東部丘陵線)が開業 |
2006年 | エムスランド実験線で列車が保守車両に衝突。23名が犠牲に。 |
2006年 | 上海で車両火災事故(バッテリーから出火)。 |
2007年 | フランスのTGVが574㎞/hを記録(従来方式の鉄道) |
2007年 | 上海万博に向けた延伸計画に住民の反対。5月には上海市政府高官が延伸計画は中止されたと発言。(*6) |
2007年 | JR東海がリニア中央新幹線を自己負担で建設すると発表 |
2008年 | ミュンヘンの空港アクセス路線計画中止。ドイツ国内でのトランスラピッドの建設が全面中止に。 |
2010年 | 3月、交通政策審議会中央新幹線小委員会で審議始まる |
2011年 | トランスラピッドの開発が終了。 |
2011年 | 3月、東日本大震災と福島原発事故 |
2011年 | 5月5日締め切りの、交通政策審議会中央新幹線小委員会による答申案に対するパブリックコメントは、約72%が、反対または中止の意見 |
2011年 | 5月12日、中央新幹線小委員会が答申 |
2011年 | 5月20日、中央新幹線の営業主体及び建設主体として JR東海が指名される |
2014年 | 国交省が全幹法に基づいてリニア建設工事を認可 |
2015年 | 超電導リニアが603㎞/hを記録 |
2016年 | 2月、韓国で仁川空港磁気浮上鉄道(磁気吸引方式)が開業 |
2016年 | 5月、JR東海に対するリニア工事認可の取り消しを求め沿線住民が提訴 |
2016年 | ベルリンの国際鉄道見本市に出品の高速列車シュタッドラーEC250とPesa Dart 43W、そして、ドイツ国鉄の最新型ICE4も最高速度は250km/h。 欧州の高速鉄道は速度競争の時代がおわる。(*7) |
2017年 | 『鉄道ジャーナル』2017年4月号に「鉄道車両技術のア・ラ・カルト 21)上海リニア(トランスラピッド方式)」(執筆、近藤圭一郎千葉大学教授)(*8)。10㎝浮上の本当の意味を正しく解説。世間に流布する、超電導で10㎝浮上だから常電導より優れているという議論について、「一般に優劣は付けられないと考える」と指摘。 |
2018年 | 『日経ビジネス』(8月20日)が特集記事「リニア新幹線 夢か、悪夢か」掲載(ネット版)。 |
参考資料
- (*1)Ralf Roman Rossberg 著、須田忠治 訳『磁気浮上式鉄道の時代が来る?―世界の超電導・常電導・空気浮上技術』(電気車研究会、1990年、p25)
- (*2)中村信二、「HSSTの開発について」、『日本航空宇宙学会誌』第26巻第297号(1978年10月、p12-p21)
- (*3)大塚邦夫著『西独トランスラピッドMaglev―世界のリニアモーターカー』(公共投資ジャーナル社、1989年、p37)
- (*4)「数組の車両を、あるいは数本の線路を用いて運転するということになると、たちまち車両をある線路から他の線路に移すという問題が生じるのである。このために必要な分岐装置がきわめて複雑で高価であることを思えば、磁気浮上方式が高速鉄道に取って変ることが決してないだろう」・「磁気浮上式の出番となるようなマーケットがないのである。レール・車輪方式の高速鉄道は、非常に多数の旅客を都市間旅行に必要にして十分な高速度で、移動させることができる。それ以上の距離になると、今度は航空機が見事なほど効率的に長距離旅客を運んでくれる」・「車輪という発明は、われわれがいま考えているよりもずっと素晴らしいものだ・・・日本とドイツで既に巨万の費用をかけた研究がなされたにもかかわらず、磁気浮上車両がまだ営業運転を開始するには至っていないということに、冷静に思いをいたすべき」(p100~p101)
- (*5)北山敏和の鉄道いまむかし:「アメリカのリニア(AIR TRAINS)」
1990年代の初めの頃、アメリカで磁気浮上鉄道の開発に関心が向いた時期があったようです。グラマン社は磁気吸引方式では浮上量が1㎝と少ないので軌道の調整に手間がかかると考え、超電導磁石を組み合わせ5㎝浮上させ軌道の保守負担を減らそうと考えました。それに対して、トランスラピッド・インターナショナルのワッカ一ズ社長は「良好な乗り心地を得るためには、車両とガイドウエー間のギャップを小さくする必要かある。グラマンもそのほかの開発チームも、我々のようにそのことを発見するだろう」、「トランスラピッドの方式は正しい。これ以外の方式は欧州では10~20年前に放棄された方式だ」と主張。なお、アメリカの浮上式鉄道の開発については、同じ北山さんのページの「アメリカの高速鉄道」の中ほどから後半の「リニア(浮上走行)の登場」、「アメリカのリニア:そがれた活気」も参考に。 - (*6)リニア・市民ネット[編著]『プロブレムQ&A 総点検・リニア新幹線─問題点を徹底究明』(緑風出版、2017年9月、p67)
- (*7)『東洋経済オンライン』2016/09/20 10:13 「世界の高速列車のトレンドに発生した"異変" 鉄道見本市「イノトランス」速報レポート 」
- (*7)『東洋経済オンライン』2016/09/28 6:08 「中国がっかり?鉄道の速度競争はもう古い! 世界最大の鉄道見本市で起きていたこと」
- (*8)『鉄道ジャーナル』の連載「鉄道車両技術のア・ラ・カルト」は2016年12月号から2017年6月号までリニアモーターカーを取り上げる。2017年1~3月が超電導リニア、4月がトランスラピッド(『鉄道ジャーナル』のバックナンバー)。 "ドイツのトランスラピッド方式は、積極的にエレクトロニクス技術を活用してギャップ制御を行い、磁気回路的に短いギャップ長の優位性を利用するシステムと言える。どちらのシステムを採用するかは、適用する線区の距離、輸送需要、最高速度、保有技術、などを個々の場合について比較して決定するするしかないと考える。すなわち、一般に優劣は付けられないと考える。(4月、p98)" つまり、地形が複雑な日本では、小回りが効き、登坂力が大きなトランスラピッド方式の採用がトンネルの数と長さを減らせる点でより良いはず。2016年11月の「鉄道車両技術のア・ラ・カルト」にもリニア関連で興味深い部分がありました(超電導リニアの側壁浮上方式では上下方向に列車を振り分ける分岐装置も可能という開発者の言葉。この分岐装置は完全にフェールアウトな方式です。)。
- 鉄道総合技術研究所編『ここまで来た!超電導リニアモーターカー』(交通新聞社、2006年)
- トランスラピッドのホームページ(web.archive.orgのキャッシュファイル)
- など