更新:2020/08/01
南アルプストンネルの完成はいつになる?
先月、「長野県内のリニア建設工事の進捗状況について」というページを掲載しましたが、「南アルプストンネルはいつごろできるか?」という点に絞って整理しました。
南アルプストンネルの掘削のペースはどれぐらいか
長野県大鹿村のリニア連絡協議会はだいたい3か月ごとに開かれています。その席上、JR東海は村内のリニア工事の進み具合について報告をしています。どこの斜坑でどのくらい掘り進んだかという数字の報告もあります。2017年から掘り始めて3年、平均して1か月にどの程度掘り進んでいるか調べて見ました。
南アルプストンネルの長野工区は下の地図のようになっています。
延長1150mの小渋川斜坑は 2017年7月3日から掘削を開始しました。2019年4月5日に斜坑の掘削完了し、2019年8月23日から本坑の先進坑の掘削を開始して、2020年6月24日の連絡会で480m掘削したと報告しています。斜坑、先進坑と合わせて、1630mを946日で掘っているので、1日当たり1.72m、30倍して1か月当たり 51.7m 掘ったことになります。
除山斜坑は延長1870mのうち、2017年11月1日に掘削を開始して2020年6月24日までの966日で 1295mを掘削したので、1か月当たり 40.2m。釜沢斜坑は、2020年3月3日に掘削開始で、6月24日までの 113日で、延長350mのうち約2割を掘削したので、1か月当たり18.6m です。
除山斜坑は本坑との交点まで残り 575m ですが、延長を1850mとする資料もあるので、残りを 555m とします。本坑の交点から静岡工区との境までは約5090mなので、合計すると、あと 5645m を掘削しなければなりません。この部分が長野工区では一番距離が長い。5645m を 51.7m で割ると 109.18762 か月、9年1か月と6日になります。
現在は2020年8月1日なので、現在のペースで作業を進めるとトンネルの掘削の終了は2029年の9月になるはずです。これは一番早いペースの小渋川斜坑の数字で計算した場合で、除山斜坑自体は1か月当たり 40.2m なので、140.42288 か月、11年8か月と13日かかることになります。そうなると完成は 2032年の4月になるはずです。
トンネルから上の部分の山の高さ(土かぶり)はこれからだんだん大きくなり工事は難しくなるはずです。地質も複雑です。2つの計算例は、どちらもコンスタントに掘削ペースが維持出来たと考えた推定です。ガイドウェイの設置などに必要な期間と試運転の期間を合わせて2年とすれば、開業は早くて2031年9月以降とか2034年の4月以降となるのではないかと思います。
静岡工区の場合は?
静岡工区の様子はだいたい下の図のようになっています。
[ 2020/12/22 12月14日の飯田市内での宇野副社長の説明に基づき図を訂正しました 以前の図]
掘削距離が一番長いのは、西俣斜坑(3490m)から長野工区との境までの間です。西俣斜坑と本線の交点から長野工区までの距離は、6月26日に金子社長が静岡県知事との会談の中でいっていた数字3.5kmを使って計算すると、掘削距離は6990mです。これを、小渋川工区の掘削ペース、1か月当たり 51.7m で割ると、11年3か月と6日。実際には不可能なんですが、今すぐ掘削を始めたとして、トンネルの完成が、2032年の1月、開業は2034年の1月になってしまいます。除山斜坑の数字では、掘削期間は 14年5か月と26日で、掘削終了が2035年3月下旬、開業が2037年3月下旬になってしまいます。
金子社長は、静岡工区について、先月中に準備工事を再開できれば2027年開業に間に合うといっていたように思えます。2025年までにトンネル掘削を終了させないといけないので、掘削期間は5年。西俣からの掘削距離6990mを5年=60か月で割ると、1か月当たり 116.5m になります。南アルプスでこんな速さで掘削を進めることができるとは思えません。
(注記:2021/01/25) 12月14日の飯田市内での宇野副社長の説明に基づけば、「西俣からの掘削距離6990m」は誤りで「6490m」が正しい。したがって、6490m ÷ 60か月 ≒ 108m。宇野副社長は、1か月に100m掘れると考えると 6490m ÷ 100 ≒ 65か月(5年5か月) と説明s。金子社長の説明は、手元に図解が無い限りは、かなり不正確な説明だったといえます。
山梨工区
南アルプストンネルの山梨工区について早川斜坑の掘削の開始が2016年10月27日、掘削完了が2017年6月末でした。掘削期間は8か月。斜坑の全長は2.5kmですが、この期間に掘削したのは500mなので、月進62.5m。JR東海は、2017年8月23日に現場を報道陣に公開し、先進坑を90m掘り進んだと説明。また、1・2メートル(支保工の間隔)の掘削作業を昼夜2サイクルずつ計4サイクル行い、1日約5メートルのペースで進んでいる
と説明しています)。単純計算すればこれは月進150mに相当しますが、先進坑の掘削をいつから始めたのか不明なので掘削のペースの実績は分かりません。推定の根拠には使いませんでした。
他のトンネルの例
北陸新幹線の新北陸トンネルが7月に貫通しましたが、全体とすれば、1か月当たり約53m程度のペースだったようです。熊谷組は担当した区間(斜坑483m、本坑3605m)について、1か月当たり約63m掘削するつもりだったようです。東日本震災の復興事業関連のトンネルで、1か月当たり 270m も掘削した例はあるようですが、一般的には、NATM工法では、80~100m程度がもっとも早いほうで、発破が使えない条件下の機械掘削の場合は約60m前後が多いようです。NATM工法をはじめて取り入れた上越新幹線の中山トンネルでは工区によりばらつきがありますが、最も早かったところで41m、一番手こずったところでは 8.7m でした。
結論
JR東海はだいたい1か月当たりどれぐらいトンネル掘削が進むと予想していたでしょうか?事業説明会当時の説明では南アルプストンネル長野工区について、2015年度第3四半期から掘削開始、ガイドウェイなどの設置まで含めて2027年度半ばまでに完成させることになっていました。約12年です。ヤードの準備に1年、ガイドウェイ等の設置に1年とすれば掘削期間は実質10年。除山斜坑からの6940mについて計算すると1か月あたり58m程度のペースを予測していたのかなと思います。この数字だけみてもかなりキツイと思うのですが、現実には、除山斜坑は1か月当たり 40.2m しか掘削できていないのです。
さらに、たとえば、除山斜坑はかなりの山奥にあって道路事情が悪いです。途中の橋で亀裂が見つかり重量制限のため橋の手前で生コン車から2トントラックに積み替えるような能率の悪い作業をしなくてはならずヤードの整備が遅れました。おそらく、工事現場の周辺環境の調査不足で準備工事完了までの段階で手こずったことも大きな原因だと思います。さらに今年7月の豪雨で現場に通じる道路が地滑りで通行できず、復旧の見通しもないまま工事は中断しています。これは長野県での話です。
他の地域でも同じようなことはなかったでしょうか。準備工事への着工、実際の掘削開始など時期が最初の計画より遅れていることは、開業時期の延期につながる可能性が極めて高いと予測できるのではないか。初めからゆとりのない計画だったのではないか。
静岡県は水の問題で納得できるまで協議を続けるでしょう。しかし、この問題も工事計画をたてる段階で十分な調査をしなかった点で、JR東海に責任があるといえます。
また、走行技術についても2027年の開業までには「ブラシュアップ」するなどといっていますが、これから走行試験を始める試験車両で誘導給電方式がやっと全面搭載されるとか、液体ヘリウムのいらない高温超電導磁石の全面使用はまだですし、揺れの問題を解決する見通しもない。未完成の技術と不完全な事前調査をもとに、建設を開始してしまったことが、開業目標の2027年が達成できない根本的な理由だと思います。さらに、ほとんど直線ルートしか走れない技術的な制約から南アルプストンネルを掘らなければならなかったのではないかという疑いもあります。
2027年開業に間に合わないのは、JR東海の工事の計画に無理があったからだといえるのではないかと思います。そうであれば、トンネル工事についての知見の蓄積もあるはずの国土交通省がこの工事計画を認可したことについては大いに問題があるといえるのではないか。
ともかく、工事を全面的に停止することを、早急に国会で審議するべきだと思います。
参考資料
長野工区の掘削状況
- 長野県大鹿村の「リニア中央新幹線情報」の、No.26,27,29,30,31,33,36,41,43,44,45,46。掘削状況の現在値については、JR東海が報告をした連絡協議会の開催日を使っています。以下に小渋川斜坑と除山斜坑について書き抜きしたデータを示します。
- JR東海の「中央新幹線南アルプストンネル新設(長野工区)工事における環境保全について 平成28年10月」
- JR東海の事業説明会スライド:「中央新幹線品川・名古屋間事業説明会(大鹿村) 平成26年11月10日」の67ページ (JR東海 > 中央新幹線(品川・名古屋間)に係る事業説明会の資料について(平成26年10月〜12月))
除山斜坑の掘削のペース
連絡協議会開催日 | 報告数字 | ||
期間日数・増加分 | 1日当たり | 1月当たり | |
2017-0427 | 0m | ||
2017-1101 | 0m | ||
148日で110m | 0.74m/日 | 22.2m/月 | |
2018-0329 | 110m | ||
91日で160m | 1.758m/日 | 52.74m/月 | |
2018-0628 | 270m | ||
98日で180m | 1.8367m/日 | 55.1m/月 | |
2018-1004 | 450m | ||
264日で475m | 1.799/日 | 53.98/月 | |
2019-0625 | 925m | ||
94日で0m | 0m/日 | 0m/月 | |
2019-0930 | 925m | ||
79日で185m | 2.34m/日 | 70.2m/月 | |
2019-1218 | 1110m | ||
98日で0m | 0m/日 | 0m/月 | |
2020-0325 | 1110m | ||
91日で185m | 2.033m/日 | 60.99m/月 | |
2020-0624 | 1295m |
小渋川斜坑の掘削のペース
小渋川斜坑(斜坑)の掘削のペース
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小渋川斜坑(本線先進坑)の掘削のペース
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静岡工区
- JR東海による「大井川水資源利用への影響回避・低減に向けた取組み(素案)」
- 6月26日の金子社長の発言:『テレビ静岡』6月27日 "【リニア・トップ会談】「私たちはトンネルは掘りません」(2)"
山梨工区
- 『毎日新聞』2016年10月29日 "リニア中央新幹線 掘削工事開始 南アルプストンネル斜坑 早川 /山梨"
- 『日刊建設工業新聞』2017年8月24日 "JR東海/リニア南アルプストンネル山梨工区の現場公開/本線掘削へ準備着々"
他のトンネル工事
- 鹿島建設:NATMの大断面トンネル掘削で国内最高記録の月進270mを達成
- 今年7月10日に北陸新幹線の新北陸トンネル(延長19.76km)が「貫通」。着工は2014年6月で約6年で掘削を完了。6工区にわけ、5工区は先に貫通。延長2.17kmの田尻工区が4月貫通予定が約3月遅れた。完成予定(トンネル内部をコンクリートで覆う工事やレール敷設をふくむ路盤工事まで)は2021年1月末。延長19.76km ÷ 6工区 ÷ 72か月 ≒ 47.7m/月(本坑の延長だけで計算)。斜坑10%とすれば 52.5m程度か(『福井新聞』2020年7月11日 "新北陸トンネル福井貫く、北陸新幹線 2023年開業区間で最長、6年がかり")
- 新北陸トンネルで、熊谷組が担当した大桐工区(斜坑483m、本坑3605)の工期(予定)が65か月で1月当たりが約63m(熊谷組グループ CSR報告書2016)
- 厚生労働省 > "トンネル建設工事の工法等について" の5ページのグラフによれば、1か月当たり(月進)100mを超えた例は少なく、発破を使った場合で80~100m、機械掘削の場合は60m前後が多い。
- 上越新幹線の中山トンネルは事前の調査不足が原因で難工事となり山のなかでルートを変更した結果、新幹線なのに160㎞/hに減速をして通過せざるを得なくなったトンネル。どの程度の掘削の進み具合だったか工区ごとに計算して下記の表にしました。
上越新幹線中山トンネルの例
工区名 | 小野上南 | 小野上北 | 四方木 | 高山 | 中山 | 名胡桃 |
着手 | 1972年9月1日 | (1973年3月1日) | 1972年2月8日 | 1972年6月1日 | 1972年6月1日 | 1973年1月10日 |
竣工 | 1982年2月1日 | (1974年9月27日) | 1982年3月31日 | 1982年3月31日 | 1982年3月12日 | 1976年7月31日 |
日数 | 3440日 | (575日) | 3704日 | 3590日 | 3571日 | 1298日 |
延長(実績) | 4720m | (斜坑457m) | 1070m | 2827m | 4600m | 1640m |
取り付き | 入口 | 810m(457m) | 立坑371.6m | 立坑295m | 立坑312.9m | 出口 |
1日当たり | 1.37m | (0.79m) | 0.29m [0.39m] | 0.78m [0.87m] | 1.29m [1.38m] | 1.26m |
月進 | 41m | (24m) | 8.7m [11.7m] | 24m [26m] | 39m [41.3m] | 38m |
・『レファレンス(The Reference)』Mo.813,2018年10月20日,"リニア新幹線の整備促進の課題―トンネル工事が抱える開業遅延リスク―" と、小林寛則・山崎宏之著『鉄道とトンネル』(ミネルヴァ書房2018年4月20日)p242 の表より作成。小野上北は難工事で斜坑を457m掘った1974年9月27日で工事を断念した。[ ] 内の数字は斜坑や立坑の長さまで加えた数字。
飛騨トンネル 東海北陸自動車道の飛騨トンネル(約10.7km)は、先進坑(直径4.5m、断面積16平米)の7021mについて、1996年10月から2005年9月17日まで期間で掘削しています。1か月当たり約65mのペースで掘っています。TBM(トンネル・ボーリング・マシン)とNATMを併用。TBMを使った区間では1か月当たり383mのペースで掘ったこともありましたが、途中TBMが停止したり大量の湧水のため難工事でした。湧水は、ポンプアップして特定の場所に戻すなどすることなく、トンネルを通じて河川へ排水していたので、飛騨トンネルのやり方では静岡工区の工事はできないと思います。(参考:"大地との対話~飛騨トンネル先進坑工事の記録"、"東海北陸自動車道「飛騨トンネル」について"、"飛騨トンネル避難坑工事(岐阜県)"、"ウィキペディア:飛騨トンネル")(追記:2020/08/05)