更新:2020/09/08

リニアの技術は確立しているか?

 『産経新聞』の山梨県版(2020年9月3日)に、"リニア元技術者「一日も早く開業を」 40年前に500キロ達成" という記事が掲載されたそうです。国鉄時代にリニアの開発関わった西條隆繁さんへのインタビュー記事。

 西條隆繁さんは、記者の「500キロ達成から40年たって、まだ開業できていません」という問いに:

他に例を見ないスローモーな開発研究プロジェクトと言っていいでしょう。国鉄の分割民営化などさまざまな要因があったのですが、技術が確立してから開業まで時間がかかるのは本当はよくないのです。
当時は日本が世界屈指の経済大国になる高度経済成長の真っただ中でした。今は人口減少と少子高齢化が急速に進むと予想され、それに合わせたインフラ整備が叫ばれています

 と、リニアをとりまく社会状況が大きく変化した現実がわかっておられるようなのですが、「そのような状況でリニアを開業させる意味は」の問いには:

日本人が希望を持って国づくりをするために、リニアはその一つの核になれると思います。着工した以上、一日も早く開業させないと、運営の環境条件がますます悪くなるばかりです。その上で、リニアをどう生かすか、どう育てるかを、みんなで知恵を絞るべきです

 「日本人が希望を持って国づくりをするため」と、リニア自体は長大な土木的構造物で破格のお金もかかるのに、具体性のない目的を話しておられる。

 記者の問いは「500キロ達成から40年たって、まだ開業できていません」でした。西條さんは、「技術が確立してから開業まで時間がかかるのは本当はよくない」といっています。さてここで問題です:

Q:西條さんが「技術が確立」したと言っているのはいつのことでしょうか?

 うっかり記事を読むと、時速500㎞/hを達成した、昭和54年(1979年)12月という印象を持つかも知れませんが、国土交通省の「超電導磁気浮上式鉄道実用技術評価委員会が『技術開発は大きく前進し、超電導磁気浮上式鉄道について実用化の基盤技術が確立したと判断できる』と評価」(※)したのは、2005年の3月11日でした。

※ 山梨県立リニア見学センター > "リニアの歴史"

 1979年に500㎞/hを達成した 実験車両ML-500 は現在のリニアガイドウェイとは構造が違う逆T字型でした。その後、何回もクエンチ事故をおこし、1991年10月には暴走を繰り返したあげくに火災事故まで起こしていました。入手が難しく高価なヘリウムを使わずに走行できる「高温超電導磁石」を使った走行実験を2005年に行ったのに、最近走行試験を開始した車体にはまだヘリウムが必要なニオブチタン系の超電導磁石を使っています。列車火災の防止の上で必要な誘導給電方式の全面的な採用もやっと今回の試験車両というのが現実。

 「技術が確立」した時期は、1979年と2005年のどっちが正しいか? どころか、いまだに確立してないといえるのではないか?

 『産経』のこの記事は、リニアの技術について、読者に誤った印象をあたえる可能性が高いと思います。

 「技術が確立してから開業まで時間がかかるのは」、一般的には、本当は実際には技術が確立していないか、筋の悪い技術であるか、その両方の可能性が高いのです。あるいは、そのような技術はもともと社会が必要としていなかったか。

 ドイツが常電導のトランスラピッドの開発を始めたのが1970年頃。現在上海で運行中のリニアモーターカーの車体と同じような試験車両(TR-06型)を製造したのが1983年で、1990年までには実用化技術は確立できていた、本格的な開発を始めてから20年弱で実用化させた、といえるでしょう。2003年11月には上海で時速501㎞/hで走行(営業運転では430km/h)。2004年には上海で正式に営業運転を開始しています。開発を継承した中国中車(鉄道車両メーカー)が最近時速600㎞/hで運行できる車体の走行試験を始めています。それでも、ドイツ国内では敷設されることはありませんでした。従来の鉄道に比べ社会にとってメリットがそれほどないからです。