更新:2021/11/06
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リニア計画のいま
静岡で工事がストップ
リニア計画は、南アルプストンネルの静岡工区でトンネル掘削着工の見通しがつかない状況です。6月には大井川の水問題でトンネルの工事の着工を許可しない川勝知事が再選をはたしました。参議院補欠選挙でも命の水を守ると主張した山崎候補が当選。流域市町とJR東海との対話も進んでいません。「リニアはちょっと待ってよね」は大多数の静岡県民の意見でしょう。いつになったら工事が出来るという見通しはまったくありません。
全体に工事は遅れている
実際には静岡以外の地域でもリニア計画は初期の計画通りに進んでいるわけではありません。特に、最難関といわれる南アルプストンネルについて、長野工区では、トンネルの掘削のペースは、当初の見込みの三分の二程度です。はじめは、2015年に着工し、10年でトンネルを完成させ、ガイドウェイの設置や試運転など仕上げに2年かけて2027年開業という予定だったはずです。いまの掘削のペースでは、実際にトンネル掘削が始まった2017年を起点とすれば開業は2034年以後になる可能性もあります。山梨工区でも掘削ペースは似たようなものです。リニア計画で新たに掘削するトンネルの延長は約211㎞です。そのうち掘削した本坑部分の長さは全体で約1.9㎞と1%にも達しない状況です(2020年6月末時点)。着工から既に6年です。
こまったことも起きている
東京や名古屋など都市部では、大深度地下法の適用を受けてトンネル工事を進める計画でした。ところが、去年の10月、同じように大深度地下法の適用を受けた外環道(東京外かく環状道路)の工事で調布市内の住宅地の道路が陥没するという事故が起きました。陥没以外にも地下に空洞が生じるということもありました。地上に影響なしという大深度法の前提は崩れました。田園調布など都内のリニア沿線住民が工事の差止訴訟を起こしました(注)。
注:リニア計画の関連では複数の訴訟が行われています。 国交省の工事認可の取り消しを求めた「ストップ・リニア!訴訟」(2016年5月、東京地裁)、大鹿村内のリニア工事禁止を求める仮処分の申し立て(2016年10月、名古屋地裁)、山梨県南アルプス市の住民が工事差し止めと慰謝料を求める訴訟(甲府地裁、2019年5月)、静岡県内のリニア工事の差し止めを求める訴訟(2020年10月)、そしてこの、東京都大田区と世田谷区の住民が大深度地下のトンネル工事の差し止めを求め提訴(2021年7月、東京地裁)。
10月27日には中津川市内の瀬戸トンネルの斜坑掘削現場で崩落事故が起き2名が死傷する事故がありましたが、リニアに関係するトンネル工事では3回目の崩落事故です。
現在、そして今後の鉄道事業をとりまく状況は厳しく、リニア建設の前提であった東海道新幹線の収益は低迷を続けるでしょう。計画の中止を視野に入れるべき時期になったといえます。
リニア中止の場合を考えると…
リニアはほぼ直線のルートでしか建設できません。静岡工区で工事ができないなら、飯田・下伊那で進んでいる工事のほとんどは無駄になるでしょう。リニア計画が中止の場合やルート変更の場合、南アルプストンネル、伊那山地トンネル、天竜川橋りょう、リニア長野県駅などは、不要になるか、場所を含め大幅な変更をしなくてはならないはずです。すでに移転された市民もおられますが、リニアが来ない場合、なぜ移転しなければならなかったのかという気持ちは残るでしょう。一方、移転していない方もいます。
しかし、JR東海は静岡以外では予定通りに工事を進めると説明しています。飯田下伊那の市町村長は、JR東海は静岡以外の地域は工事を進めるといっているとしかいいません。それで良いのでしょうか? リニア計画が失敗した時に、ふりかって見れば、現在着々と進めていることは、たとえば残土置場なんかもそうなんですが、そのほとんどすべてが無駄の積み重ねだったと言わなくてはならない可能性があります。
超電導リニアは「不」完成の技術
磁気浮上式鉄道の開発の歴史の中で、JR東海のリニアの採用する超電導磁石を用いた誘導反発方式は過去のものです。常電導の磁気吸引方式の研究開発はドイツでは1920年台に始まり、その基本原理について1935年に特許が取得されました。戦後、進展した半導体技術の成果を取り入れて、1980年台後半に、ドイツはトランスラピッド(上海のリニアモータカー)を実用化しました。実は、ドイツではシーメンス社などが1970年頃から超電導誘導反発方式の開発を行いました。しかし、技術的、経済的な問題点から超電導誘導反発方式は採用されませんでした。シーメンス社などは結局は常電導のトランスラピッドの開発グループに合流しました。日本でも日本航空は常電導をえらび、名古屋のリニモという形で2005年から営業運転を始めました。超電導誘導反発方式の発祥の地、アメリカでも開発は行われましたが完成に至ったとの話は聞きません。
最近、中国で時速600㎞で運行できる5両編成の磁気浮上式列車を完成させたというニュースがありました。この列車は原理的にはトランスラピッド方式と同じ常電導の磁気吸引方式で、軌道その他の規格もトランスラピッドと共通のものです。JR東海のリニアは運行速度が時速500㎞ですから、100㎞/hも速度が上回ります。
2004年から上海で営業運転をしているトランスラピッドは車体自体は運行速度500㎞/hであり、半径400mのカーブも浮上したままで通過できるという性能。冷凍機や希少資源であるヘリウム、磁気対策、補助車輪も不要で、よりシンプルな軌道構造、消費電力も少ないなど、JR東海のリニアよりはるかに優れていると認めざるを得ません。
リニアモーターカーがモーターである以上、固定子となる軌道と、通常の電動機の回転子にあたる車体との隙間であるエアギャップはできるだけ少ない方がモーターとしての効率が上がります。ドイツは開発過程で、浮上量は少ないほど良いという知識を得たといえるでしょう。 超電導リニアは、時速500km/h程度の高速で運行する磁気浮上式鉄道の開発で、トランスラピッドに大きく遅れをとったばかりでなく、いわば見当はずれの方向で開発が続けられたというほかありません。
JR東海の超電導リニアの最大の欠点は、ほぼ直線の路線を走ることのみを念頭に開発された点です。トランスラピッドの実験線には半径1㎞、1.7㎞のカーブがあるのに、リニアの実験線は半径8㎞のカーブがもっとも急なカーブで、ほぼ直線状です。このリニア建設計画は、営業路線というよりは、実験室のテストコースを、そのまま品川と名古屋方向にほぼ直線状に拡大延長したものといえるでしょう。実用的な技術としては大変に心細いものです。リニアの開発に直接関わった技術者の中に、鉄道の車輪にあたる超電導磁石が、鉄の車輪に比べ信頼性が非常に低いので、列車に採用すべきでないと指摘する方もいます。
リニアモーターカーは「過去の人」
超電導リニアよりシンプルで優れた性能をもつトランスラピッドでしたが、ドイツ国内のハンブルグとベルリン間の計画は、当初予想されたほどの需要がないことが分かって中止になり、ミュンヘン空港のアクセス線も中止となりました。2011年にドイツはトランスラピッドの開発を止めました。
世界が温暖化ガス削減に向かっている中で、世界の鉄道車両メーカーの関心はいかにクリーンな車両を開発するかという点にあります。そしてトラック輸送の鉄道への転換。ヨーロッパではすでに2016年ころから投入された新型の高速列車の最高速度は250㎞/hどまりです。高速走行だけがうたい文句の磁気浮上方式鉄道に未来はないはずです。
孤独な世界一
ヨーロッパでは磁気浮上式鉄道はすでに過去の人です。超電導リニアの発祥の地アメリカでも結局開発は途中で終わっています。欧米には技術力がないからなのでしょうか。そんなことはないはずです。
アメリカの東海岸の首都ワシントンとボルチモア市の間に超電導リニアを建設する計画があります。この計画について、今年の1月に、環境影響評価書の草稿が公表されました。5月下旬まで、草稿への意見の募集が行われました。計画ルート沿線には国立公園、研究施設などが多数あって、計画について否定的な意見が寄せられたようです。中でも、ボルチモア市は意見書で建設の中止を勧告しています。アメリカの環境影響評価では事業の中止という結論もあり得ます。また、建設計画をすすめる、ワシントン・ボルチモア・ラピッド・レール社(WBRR社)は、ボルチモア市内の元鉄道用地の購入に失敗。その後同じ土地を不動産開発会社が住宅地とするため購入しました。WBRR社は、不動産会社が購入したことについて非難する訴訟を起こしましたが、裁判では棄却されました。(注)
注:
- 『BALTIMORE SUN』JUN 23, 2021 AT 3:57 PM, "Baltimore City recommends against building proposed $10 billion high-speed Maglev train to Washington" (ボルチモア市がリニアの建設中止を勧告)
- 『The Washington Post』May 7, 2021 at 3:49 p.m. EDT,"Federal panel sows doubts about high-speed D.C.-to-Baltimore maglev train" (連邦の委員会からリニア計画に疑問の声が出ている)
- 『BALTIMORE SUN』AUG 30, 2021 AT 4:09 PM, "Judge dismisses Baltimore-Washington maglev rail operator’s lawsuit to condemn Westport developer’s land" (裁判官がリニア事業者の訴えを却下)
- "STOP THIS TRAIN !" (アメリカのリニア反対運動のホームページ)
ヨーロッパで否定され、アメリカでも上手くいっていない超電導リニアです。世界に誇れる超電導リニアと思われている方もいるかたもおられると思います。いまのところ、超電導リニアをやっているのは日本だけです。世界にひとつだけが、世界一優れた技術といえるのかどうか…
地域づくりに役立つのか
住民の移転、地域社会の破壊、自然環境破壊など多大の犠牲があっても、リニアを受け入れる価値はあるでしょうか。飯田下伊那の一般住民にとっては、チャンスではなく逆にリスクではないか。
7月21日の『日本経済新聞』1面記事によれば、「各種都市データを集計し、多様な働き方が可能な特徴を点数化」したら「働く場としての中堅都市の潜在力が浮かんできた」として、そのランキングの第5位に飯田市が入っています。各種都市データの中には東京都への交通の便という項目はありません。本当にリニアは必要なのでしょうか?
長野県世論調査協会による最近の世論調査によれば、リニアに期待しないと答えた人は68.4%という数字も出ています(注)。
注:長野県世論調査協会が8月20~22日に実施した県民世論調査の結果。『信濃毎日新聞』2021年8月31日によれば、「期待する」が28%、「期待しない」が68%。リニアが通過する南信地域でも「期待する」は33%。2020年10月の飯田市長選の結果は、飯田線のリニア乗換駅の中止を公約としてあげ、また市民の声を聞くと主張した佐藤氏は、約3万5千票得票(約68%)。約1万6千票得票(約31%)の牧野氏を破りました。リニアへの期待の数字とよく似ています。
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