更新:2021/11/06

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残土処分問題を巡る不都合

(1)長野県もビックリの想定外の規模

 2016年頃、豊丘村の虻川支流の130万㎥の本山の残土置場の規模をイメージするため、近くの虻川本流の日向山ダムの容積(2009年完成、計画貯砂量10万㎥)を長野県の維持課に尋ねた。対応した担当者はなぜそんなことを聞くのかという。近くで残土置き場の計画があるというと、担当者はそんなことは想定外のことだと答えた。盛り土の高低差は15m以下という基準がありそれ以上の場合は安定計算をするという県の対応方針からすれば想定外の規模の開発。長野県の治山治水の現場はリニア残土の谷埋め処分に頭を悩ませていたと思われる。なお、最近、日向山ダムは土砂で満杯になった。

(2)所有者の組織運営の正常化ならず

 豊丘村本山の130万㎥の残土の処分予定地の所有者は、もと入会組合から森林法に規定される組織として1973年に発足した本山生産森林組合であった。林道の整備がされるとの期待から2013年4月に組合長が、豊丘村に対して残土処分候補地として名乗りを上げる旨の要望書を提出。2017年3月に組合は総代会で残土受け入れを決定した。5月になって決定過程に問題があるとして長野県が決定を白紙に戻すよう指導。過去の組合運営の方法の問題点も指摘され正常化を目指すが果たせず2019年3月認可地縁団体となった。この間、過去理事の抹消登記手続きに関連した訴訟費用を村が負担するなど、いくつか疑問の残る点もあった。改組後改めて受け入れの決定をしたのが2019年6月だった。

(3)保安林指定解除の要件を満たしているか?

 予定地には水源涵養保安林の指定があった。林野庁は2020年12月24日に「鉄道用地とするため」という理由で指定を解除した。指定解除の要件として、林務課担当者は、森林法第26条2項の「公益上の理由により必要が生じたとき」に該当し、具体的な判断としては「国等以外の者が実施する事業のうち、別表3に掲げる事業に該当するもの」と説明。別表3の事業とは、「鉄道事業者又は索道事業者がその鉄道事業又は索道事業で一般の需要に応ずるものの用に供する施設に関する事業」と説明した。残土の処分場が鉄道事業で一般の需要に応ずるものの用に供する施設といえるのかは疑問が残る。また、森林審議会への諮問では他に代替地がないという要件にもあたるとされたが、ないわけではなかった。

(4)残土処分地内の断層の存在は無視された

 指定解除について諮問された森林審議会保全部会が2020年6月9日に飯田市内で行われた。午前中に委員が現地視察を行い午後保全部会という日程だった。保全部会でのJR東海の説明の中にも、会議録にも予定地内の断層の存在への言及がなかった。JR東海は三六災害で予定地内の被災が少なかったと説明。被災状況の説明につかった天竜川上流河川事務所作成の地図「三六災害洪水はん濫・土砂災害の記録」(2011年)には、その出典である飯田市美術博物館作成の地図「伊那谷中央部の災害基礎資料図」(1991年)に記載されていた予定地内の断層が記載されていなかった。これら古傷のような断層のほかに、『地質navi』によれば活断層も存在する。

(5)希少種採取の不正

 本山の予定地内の希少植物を、JR東海は2017年4月21日に移植のために採取した。当時は保安林指定の解除申請の前であり、本当に残土置場として利用可能なのか不明の時期だった。環境保護の観点からすれば不正である。長野県林務課は保安林内の作業については許可不許可問わず何であれ事前に林務課と相談すべしという慣例に従わなかった点に関してJR東海に指導したが、県環境部は環境保全計画に記載があるので問題はないとした。県がいう保全計画とは「豊丘村発生土置き場(本山)における環境の調査及び影響検討の結果」(2017年2月)であり、正式な保全計画「豊丘村内発生土置き場(本山)における環境保全について」が公表されたのは2019年8月だった。長野県環境部によれば、2017年5月26日に長野県知事はJR東海社長との懇談の席上、「本件を具体例として挙げた上で、環境負荷の低減対策も含め、地元自治体等とも常に情報を共有するとともに、住民に誤解を与えることのないよう、より一層丁寧な説明を行うよう強く求めた」という。

(6)谷埋め盛土は基本的に危険なもの

 自然の営み中でできた谷を埋め立てても、埋め立てた部分は自然のままの山とは違う(地山にならない)。JR東海が示す設計図面に示される災害対策は、結局は地すべり対策であり、地すべり危険地形を新たに造成するようなものである。

 各地の処分地について検討にかかわった有識者は埋め立て完了後の維持管理がきちんと行われることを条件として計画を適正と判断している。中川村の半の沢は、県が管理責任をもつという条件で村は受け入れを決めた。本山でも後の管理に関連してJR東海は用地の取得の方向。豊丘村の戸中ではJR東海は予定地を取得した。JR東海が当初示した工事中借りて盛土終了後に返すという方針は谷埋め盛り土については思い通りにはいかなくなった。

(7)住民が潰した処分候補地は約700万㎥

 2020年12月、JR東海は発生残土全体の974万㎥の約9割の処分ができるとの見通しを示した。一方、2016年以降、合計約672万㎥の谷埋め処分候補地が住民の反対で候補から外れたり、断念された。3月に飯田市龍江地区で住民有志が、10月には南木曽町広瀬地区で住民自治組織が、それぞれ上流域の残土置き場計画の中止を求める要望書をだした。下條村の100万㎥を除いて今後はまとまった規模で処分できる谷埋めの候補地はないと思われる。アセス以前に残土処分地の選定ができない理由はない。JR東海は長野県を通じて沿線自治体から候補地を募集した。これは地元の要望という理由で住民の反対の声を抑えるのにある程度は役立っている。

(8)温暖化ガス排出量の予測がされていない残土処分

 JR東海によれば大鹿村役場前を10月から12月に通過するリニア関連の工事車両のうち約88パーセントが残土運搬車となる見込みである。環境アセスで残土処分に関しての二酸化炭素の排出量の見積もりはされていない。気候変動への配慮を欠いている。

(9)環境影響評価前に残土処分地は指定できたはず

 トンネル掘削の進み具合に応じて処分地が確保できればよいというJR東海の言い分は実情にあっているが、鉄道建設で発生する残土の処分地は、路線や駅などの鉄道施設の用地と同じように、土地収用法の対象になる。工事現場に近い谷を残土処分地として使いたいと示すことはできたはず。しかし、環境影響評価の段階で示せば、各地で住民の反発が一斉におき、批判の世論を喚起する可能性があった。だから、残土処分地を事前に決めなかったのだろう。環境大臣の異例に厳しい意見書も残土処分先の未定を強く批判したが、沿線各地で具体的に反発が起きることがなかったので、抽象的な表現でしかあり得なかった。

(10)危険な公共事業での活用

 伊那谷ではもともと住民の反発が大きかったが、7月に熱海の土石流の被害によって、今後、大規模な谷埋め処分地の確保は難しい。最近、中川村と松川町で堤内低地の水田地帯の嵩上げに活用するという計画が出ている。たびたび浸水が起きていると言うが、その原因が問われることなく嵩上げという議論がリニアの残土問題に関連して持ち上がったという不思議があるし、最近いわれる流域治水の方向とは矛盾する。トンネル残土を公共事業で使用する場合、基準値以下であってもヒ素などの有害物質を含む可能性のあるのに、多くの場合は環境影響評価はしない。将来、環境汚染や公害が起きる可能性は否定できない。

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