更新:2021/11/06

もどる

建設決定前の環境影響評価をしていたなら

 アメリカの首都ワシントンとボルチモア市間の約60㎞に超電導リニアの建設計画があります。1月に環境影響評価の草稿(日本の準備書に相当)が公表されました。評価は連邦政府の鉄道局が行います。5月下旬まで、沿線の自治体や公共施設や市民から、草稿に対する意見を募集しました。沿線の研究機関や国立公園から批判的意見がでています。とりわけ、ボルチモア市は建設の中止を勧告しました。

 アメリカでは環境影響評価は建設を決める前に行います。事業計画は、いくつかの代替案を含みます。一番影響の少ない案で建設するか、計画の縮小や変更、あるいは中止という結論の可能性もあります。アメリカのリニアは環境影響評価の段階でもう見通しがなくなってきたわけです。

 日本の場合は、事業の実施が決まってからの影響評価ですから、悪影響があっても、多少の対策はするにしても建設は行われます。住民への丁寧な説明だけが事業者に課せられる条件です。先進国では建設の決定の前の環境影響評価が主流です。日本でも、2005年に開催された「愛・地球博」では、制度としてはしなくてもよかった、計画の縮小が行われていました。環境保護を重視するなら当たり前です。それより後のリニア計画なのに、JR東海が行ったアセスメントは、制度がそうだったとしても、「世界一」に挑む計画にしては、企業としての環境への対応は時代遅れでした。

注:「愛・地球博閉幕後データ集」 > 「愛・地球博 環境アセスメントの歩みと成果 ~2005年日本国際博覧会環境影響評価の総括~」の2つ目のあいさつ文「愛・地球博の環境アセスメントを振り返って(加藤久和)」。国内で、しかもJR東海の地元の愛知県で、先進的な優れた前例があったのに、歴史的な事実としては、リニア中央新幹線は、一流企業の「世界に誇る」大プロジェクトであるにも関わらず、古臭い環境に対する影響の評価方法で行われたと評価できます。

 現在、大井川の水の問題で静岡県とJR東海が対立。静岡県の南アルプストンネルの工事が着工できません。有識者による静岡県中央新幹線環境保全連絡会議は水資源への影響や南アの生態系への影響について、突っ込んだ検討をしています。国交省が県とJR東海の仲介に入り、有識者会議を設けました。国の有識者会議の結論は参考にはするが、静岡県が設置した環境保全連絡会の結論にしたがって判断するというのが静岡県の方針。 川勝知事は、リニアには反対でないとして、ルート変更を提案しています。

 建設決定前に影響評価をおこなったとしたら、Aルート(諏訪~木曽谷)、Bルート(諏訪~伊那谷)、Cルート(南アルプスルート)という代替案があったはず。Cルートは、現在の静岡の状況を見て明らかなように、非常に深刻な影響の可能性があります。より影響の少ないAルートやBルートを選べば良いという結論になるはず。つまり川勝知事の発言は、環境重視の世界的潮流から見て当たり前のことです。

 しかし、JR東海の超電導リニアは、技術的に、距離が長いカーブの走行に不安があります。たとえば、車体を支える超電導磁石の信頼性が低い。カーブ途中で超電導磁石が磁力を失うクエンチが発生すると列車は側壁に接触してしまうでしょう。発生頻度を減らすことが出来たといってもクエンチの可能性はゼロではありません。A、Bルートが無理となれば、結局、中止という判断しかない。ほぼ直線を走ることしか考えずに開発されてきた結果です。

 世界では常識的な建設決定前の環境影響評価を行えば、リニアは中止となったはず。そして様々の無駄な労力や費用、環境負荷そして犠牲もなかったはずです。今後、工事の継続を強行すれば、将来にわたって環境や社会に大きな悪影響を与えることは間違いありません。

もどる