更新:2021/12/06
第21回東京科学シンポジウム・報告内容
第21回東京科学シンポジウム(11月28日)で以下のような報告をしました。事前に提出した原稿の間にいくつかのスライドを表示しました。ページ後半に残りのスライドを紹介します。
リニア残土処分を巡る最近の状況
-長野県・伊那谷の場合-
拡大長野県の主なリニアのトンネル残土の処分場の位置
長野県南部の伊那谷の住民は三六災害(1961年)の経験や羊満水(1715年)の伝承など、土石災害が起きやすい地域に住む自覚があり、リニア残土の谷埋め処分に危機感を持つ住民が多い。谷は長い時間の自然の営みの中で出来上がったという専門家の指摘は住民として納得できる。谷埋盛り土の技術的な基準や工法が確立していないし、法規制も不備といわれる。県や事業者側が設置した検討委員会の専門家も、将来にわたる確実な管理が条件、あるいは最悪の事態を考えてやって欲しいといっている。盛土の設計で示される設備は地滑り対策と同じである。また谷埋め盛土は地山とはなり得ない。
盛り土は地山にならない。
今の制度では所有する土地の盛土による災害の責任は所有者にある。2016年6月、リニア残土処分地に予定された豊丘村小園の2つの谷では、住民運動で使用を断念させた。下流の集落の住民の危機感によるところが大きいが、危険渓流に指定され県が管理している現状の維持が、他の地域住民に対する責任でもあるという自覚が地権者にあった点も見逃せない。
2016年頃、豊丘村の虻川支流の130万㎥の本山の残土置場の規模をイメージするため、近くの虻川本流の日向山ダムの容積(2009年完成、計画貯砂量10万㎥)を長野県の維持課に尋ねた。対応した担当者はなぜそんなことを聞くのかという。近くで残土置き場の計画があるというと、担当者はそんなことは想定外のことだと答えた。大規模な盛り土を想定した河川の管理はされていない、あるいは前代未聞の規模の開発との意味だと解釈した。長野県の治山治水の現場はリニア残土の谷埋め処分に頭を悩ませていたと思われる。なお、最近、日向山ダムは土砂で満杯になった。
豊丘村本山の残土置き場。盛り土の計画は地滑り対策と同じ。
豊丘村本山の130万㎥の残土の処分予定地の所有者は、もと入会組合から森林法に規定される組織として1973年に発足した本山生産森林組合である。林道の整備がされるとの期待から2013年4月に組合長が、豊丘村に対して残土処分候補地として名乗りを上げる旨の要望書を提出。2017年3月に組合は総代会で残土受け入れを決定した。5月になって決定過程に問題があるとして長野県が決定を白紙に戻すよう指導。過去の組合運営の方法の問題点も指摘され正常化を目指すが果たせず2019年3月認可地縁団体となった。この間、過去理事の抹消登記手続きに関連した訴訟費用を村が負担するなど、いくつか疑問の残る点もあった。改組後改めて受け入れの決定をしたのが2019年6月だった。
本山の残土処分地計画の年表
予定地には水源涵養保安林の指定があった。林野庁は2020年12月24日に「鉄道用地とするため」という理由で指定を解除した。指定解除の要件として、林務課担当者は、森林法第26条2項の「公益上の理由により必要が生じたとき」に該当し、具体的な判断としては「国等以外の者が実施する事業のうち、別表3に掲げる事業に該当するもの」と説明。別表3の事業とは、「鉄道事業者又は索道事業者がその鉄道事業又は索道事業で一般の需要に応ずるものの用に供する施設に関する事業」と説明した。残土の処分場が鉄道事業で一般の需要に応ずるものの用に供する施設といえるのかは疑問が残る。また、森林審議会への諮問では他に代替地がないという要件にもあたるとされたが、ないわけではない。
指定解除について諮問された森林審議会保全部会が2020年6月9日に飯田市内で行われた。午前中に委員が現地視察を行い午後保全部会という日程だった。保全部会でのJR東海の説明の中にも、会議録にも予定地内の断層の存在への言及がなかった。JR東海は三六災害で予定地内の被災が少なかったと説明。被災状況の説明につかった天竜川上流河川事務所作成の地図「三六災害洪水はん濫・土砂災害の記録」(2011年)には、その出典である飯田市美術博物館作成の地図「伊那谷中央部の災害基礎資料図」(1991年)に記載されていた予定地内の断層が記載されていなかった。
拡大。保安林指定解除の審議でJR東海は断層の存在を説明しなかった。
本山の予定地内のある希少植物について、JR東海は2017年4月21日に移植のために採取した。もちろん保安林指定の解除申請の前であり、本当に残土置場として利用可能なのか不明の時期だった。環境保護の観点からすれば極めて不適切であった。長野県林務課は保安林内の作業については許可不許可問わず何であれ事前に林務課と相談すべしという慣例に従わなかった点に関してJR東海に指導したが、県環境部は環境調査と保全計画に記載があるので問題はないとした。県が言及した保全計画とは「豊丘村発生土置き場(本山)における環境の調査及び影響検討の結果」(2017年2月)であり、正式な保全計画「豊丘村内発生土置き場(本山)における環境保全について」が公表されたのは2019年8月だった。長野県環境部からのメールによれば、2017年5月26日に長野県知事はJR東海社長との懇談の席上、「本件を具体例として挙げた上で、環境負荷の低減対策も含め、地元自治体等とも常に情報を共有するとともに、住民に誤解を与えることのないよう、より一層丁寧な説明を行うよう強く求めた」という。
注(2022/04/14):「豊丘村発生土置き場(本山)における環境の調査及び影響検討の結果」は 工事の安全・環境の保全・地域との連携(長野県 事後調査・モニタリング)
注(2022/04/14):「豊丘村内発生土置き場(本山)における環境保全について」 は 工事の安全・環境の保全・地域との連携(長野県 環境保全の計画) にある。
中川村の半の沢は、予定地の大半が村有地であり、村長は専門家の意見も参考に判断するとし、県が管理責任をもつという条件で受け入れを決めた。本山でも森林審議会で指摘のあった後の管理に関連してJR東海は用地の取得に言及している。すでに工事は始まったが、豊丘村も地縁団体も置き場下流の砂防対策の必要性も認めている。豊丘村の戸中ではJR東海は予定地を取得した。少なくとも谷埋め盛り土についてはJR東海が当初示した工事中借りて盛土終了後に返すという方針は思い通りにはいかなくなった。
2020年12月、JR東海は発生残土全体の974万㎥の約9割の処分ができるとの見通しを示した。一方、2016年以降、谷埋め盛土の約672万㎥が住民の反対で候補から外れたり、断念された。3月に飯田市龍江地区で住民有志が、10月には南木曽町広瀬地区で住民自治組織が、それぞれ上流域の残土置き場計画の中止を求める要望書をだした。下條村の100万㎥を除いて今後はまとまった規模で処分できる谷埋めの候補地はないと思われる。アセス以前に残土処分地の選定ができない理由はない。JR東海は長野県を通じて沿線自治体から候補地を募集するという手段をとった。このやり方は地元の要望という理由で住民の反対の声を抑えるのに役立っている。
最近、中川村と松川町で堤内低地の水田地帯の嵩上げに活用するという計画が出ている。中川村の場合、たびたび浸水が起きていると言うが、その原因が問われることなく嵩上げという議論がリニアの残土問題に関連して持ち上がったという不思議がある。最近いわれる流域治水の方向と矛盾する。
残土の公共事業への活用の一つとして、高森町の天竜川沿いの水田地帯を工業用地とする計画があるが、実はリニアのガイドウェイの組立・保管ヤードである。現在造成中だが、JR東海は、たまたま工業用地の空き地があったので利用する形であり環境調査や保全計画は必要ないと説明。ほぼ同じ条件の喬木村のヤード用地では残土置き場という名目で環境調査等を行っている。広大な用地を必要とする工場を誘致をしようという発想は古い。残土を活用する公共事業そのものの必要性が問われることはないし、基本的にアセスは行われない。
高森町下市田のガイドウェイの組立・保管ヤード予定地の工事の看板。「なんの」造成工事なのか? 「リニア関連」なのか「工業団地整備事業」なのか
9月28日の大鹿村リニア連絡協議会でのJR東海の説明によれば大鹿村役場前を10月から12月に通過するリニア関連の工事車両のうち約88パーセントが残土運搬車となる見込みである。環境アセスで残土処分に関しての二酸化炭素の排出量の見積もりはされていない。気候変動への配慮を欠いている。
本山でこれまで抵抗してきた村民有志は、工事が始まった今、「リニア工事を見届ける会」を月1回行っている。
その他のスライド
○ 長野県の指導に従い設計したといいながら県の助言を聞き入れないJR東海。
拡大
○ 虻川本流の日向山ダム
残土置場、「活用」先のようす
豊丘村、本山の残土置場
工事中。土石流の直後に似ているが、削れた部分が自然にもとに戻ることはない。地形の変化は一方向にしか進まない。
工事前
工事中
工事前。水源涵よう保安林の指定があって災害対策もされていた。
豊丘村・戸中下沢
土量26万㎥。戸中斜坑口からベルトコンベアで運んでいる。用地を買い取って残土置場に。
飯田市下久堅小林
20万㎥。直下に人家があって非常に危険な場所。ここは、農地として後利用の予定で、JR東海は残土を置く間借りて後は返すという方式。将来の盛土の安全管理の責任は、結局は地権者が負うしかないと思う。写真は主要部分で、これより上と下にも盛り土する場所がある。
リニアで移転の住宅や工場の代替地
どちらも約3.5万㎥を活用。
崩壊地直下の残土置場
○ 大鹿村、鳶ヶ巣崩壊地直下
蛇紋岩が崩れたアカナギ(鳶ヶ巣崩壊地)。手前の小渋川と崩壊地のてっぺんまでの落差は550m。対岸に小渋川斜坑口(工事完了後は非常口)があり、電力変換所の建設も予定されている。
川岸に20~30万㎥のトンネル残土を盛り土処分する案を大鹿村が出した。この計画については、専門家の委員から こんなコメントがでている。
○ 大鹿村深ケ沢
既存の残土置場を拡張。7万㎥。背後に崩壊地があって2018年以降に土砂が崩れ国道152号線を埋めている。青木川の川岸との間を埋める。
ほぼ満杯の残土仮置き場
小渋川斜坑口と釜沢斜坑口の間がつながらないと運び出せない残土は釜沢地区の三正坊と除山斜坑口そばの仮置き場に置かれている。すでに満杯状態。
要対策土の保管状況(小渋川斜坑口そば残土仮置き場)
要対策土は大鹿村の小渋川斜坑口そばの残土仮置き場や豊丘村の坂島の仮置き場に置かれている。シートでおおわれているけれど、時々シートがめくれているようだ。
ガイドウェイ組立保管ヤード用地の造成に活用
高森町下市田・リニアのガイドウェイ組立保管ヤード
ある時は工業団地、はたまたある時はリニアのガイドウェイ組立保管ヤード、しかしてその実体は、残土処分場。10ヘクタールの水田を潰した。右の天竜川河川敷(天竜川親水施設)は環境影響評価の調査地点。工事車両は500m離れた国道を通行するので影響はほとんどないと評価された。しかし、隣接地でリニア関連の工事が行われている。
喬木村堰下・リニアのガイドウェイ組立保管ヤード
まだ造成中なのにガイドウェイの部品が野積みされている。部門ごとの計画の歩調がずれはじめた。
高森町と喬木村。どっちが正直か?
3つのガイドウェイ候補地のちがい
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