更新:2022/03/07
「予防原則」という考えがない(2)
~座談会「リニアはなぜ必要か?」について(4)
ちょっとまのびしてしまいましたが、座談会の中で一番ページ数が少ない「③自然への影響は大丈夫か」の続きです。
「自然への影響は大丈夫か」というテーマであれば、静岡県の大井川の問題について、より具体的な説明があってもよいはずなんですが、河川工学の第一人者が座長をつとめる国交省の有識者会議の中間報告の「水問題は解決できるというポジティブな結論」は尊重されるべきで、誰も科学的に反論はできないだろうといっているだけです。
「トンネルは掘ってみなければわからない」というコトバがあるそうですが、102ページで森地氏は次のようにいっています。
技術の世界では、…新しい挑戦には、必ずある種の予測不可能性がつきまとう。とくに土木工事は自然が相手ですから、分からないことがたくさんある。だからやらないというのでなく、安全が確保できるギリギリの基準を突き詰めたうえで、さらに安全性を高めるため、「想定される外力の三倍の安全率をかけて強くしておこう」という具合に対策を施し保証していくもの
想定されている外力に3倍の安全率をかけるというのは、想定があやしいのか、十分に検討されていないということでもあるし、想定が理にかなったものであるなら無駄な事をすることになる。森地氏の説明は、一般論としていっているので、合理的な説明ではありません。
座談会での森地氏のこの発言は、結局「トンネルは掘ってみなければわからない」といっているのと同じです。
また、松井氏は次のようにいっています。
最近は「安全」よりも、むしろ「安心」が求められる傾向にあります。「安全」は数値で客観的に評価できますが、「安心」は感情的な側面があるので、どれだけ対策を施しても、どれだけ意を尽くして説明しても、安心できなければ理解を得られない。これは日本人が合理的な思考ができるかどうか、国民のリテラシーに関わってくる問題です。
つまり、静岡県と静岡県民はリテラシーがないといっているようなものですね。
「安心」は非科学的みたいないいかたなんですが、予防原則というのは、いわば「安心」のためのものなので、もう30年もまえに世界的に合意されている科学的な見方だと思います。繰り返しになりますが、前回紹介した「環境と開発に関するリオ宣言」には:
環境を保護するためには、予防的な取組方法が各国の能力に応じてそれぞれの国で広く適用されなければならない。深刻な、あるいは不可逆的な被害のおそれがある場合には、完全な科学的確実性の欠如が、環境悪化を防止するための費用対効果の大きな対策を延期する理由として使われてはならない。
とあります。
ついでに、森地氏は南アルプストンネルで採用されている「高速長尺先進ボーリング」(切羽から掘削方向の1000m先まで水平ボーリングをする技術)を画期的な技術といっています。で、これはシェールガスを採掘するためにもともとはアメリカで開発されたものなのだそうです。
超電導リニアのアイデアも元はアメリカ。車両の技術も掘削の技術もアメリカのお世話になっている部分が大きいということが分かります。