更新:2022/10/18
鉄の車輪の信頼性
中公新書『国鉄 ー「日本最大の企業」の栄光と崩壊』
JR九州の初代社長をつとめた石井幸孝さんは、もともとは技師で、国鉄時代にディーゼル気動車やディーゼル機関車の開発の携わってこられたそうです。今年8月に中公新書で『国鉄 ー「日本最大の企業」の栄光と崩壊』という本をだしています。その第4章「鉄道技術屋魂」のなかで、超電導リニアをやんわりと真綿で首を絞めるような感じで批判しています。
第1節から3節までのディーゼル関連の話では、DE10の足回りの話などは、常電導方式の足回りに似た部分もあって興味深いです。直接リニアに関係あるのは第4節「繰り返す『妙な』技術開発」(p151)。
近距離で少量輸送の閑散路線区間での使用を目的にした道路と鉄路両方を走れるバスとか、レールバスとかDMV(デュアルモードビークル)の、結局実用性には乏しいという話。そのあと、「鉄道の分野を逸脱した取り組み発想」として「ガスタービン動車」に続いて、「『鉄』に託された本質」という部分で、「フリーゲージトレイン」と「リニア磁気浮上浮上鉄道」が出てきます。
鉄と鉄が触れ合う精密構造
「『鉄』に託された本質」では、1998年6月3日のドイツのエシェデでおきたICEの脱線転覆事故を取り上げています。鉄道は「鉄と鉄が触れ合う精密構造」だから高速・大量・安全輸送ができるのに、ICEでは車輪の一番外側と内側の間にゴムを挟んだ構造にしていたので、外側が破断して事故につながったと説明しています。
「固い鉄のレール」の上を転がる、「固い鉄車輪」のすぐ裏のところに弾力性のあるゴムをはさんだ構造のため、そこで車輪が壊れた
フリーゲージトレインについては軌道幅に合わせて車軸に対して車輪を移動させるので、どうしても車軸と車輪の間に隙間ができるので(*)、「鉄道車両走行部門設計者からすれば、高速車両では弾性車輪(ICEのような)や軌間変更車両(フリーゲージトレイン)もタブーに近いことである」と書いています。
* 普通は、車軸に対して車輪ははめ込んであって隙間はない
専門家を脱線させるリニア
ところで、ドイツのICEの事故について、リニアの建設主体、経営主体を指名するため国交大臣が諮問した交通政策審議会鉄道部会中央新幹線小委員会の第7回目(2010年8月30日)の審議の有識者ヒアリングで、東京大学名誉教授の井口雅一さん(故人、1934-2014)が次のような説明をしています。井口さんの専門は機械工学。
鉄道の一番の弱みは脱線です。車輪が破損する可能性というのは、高速になればなるほど大きくなります。ドイツでは、高速列車が車輪の破損のために大事故を起こしました。これは左側です。・・・リニアでは車体が溝の中にすっぽりおさまっている形をしておりますので、いわゆる脱線ということは起こりません。
現在、ほとんどすべての高速列車の車輪は鉄の一体構造です。ICEの事故は特殊な車輪を使っていたために起きた事故なのに、井口教授は、この特殊な構造の車輪を「鉄の車輪の代表」として扱っています。ICEも事故以後は一体構造の車輪に変更しました。鉄道車両技術専門の石井さんが高速列車ではタブーと指摘するような弾性車輪を使ったICEの事故を取り上げて、鉄道の車輪全体がアブナイと説明している井口さんの説明は非常におかしい。専門家の説明として脱線しています。
超電導磁石は信頼性が低い
リニアの超電導磁石は超低温を保つために冷凍機を使います。国鉄や東急車両で鉄道車両の設計開発の技術者だった北山敏和さんは、宮崎リニア実験線の副所長をされています。北山さんは次のように述べています(山梨リニアの超伝導磁石)。
…冷却機器の電気冷蔵庫は各家庭でほぼ故障もなく使用されています。これは5~10度程度の温度に下げるものなので、機構も簡単で大量に造られているので製品も安定しています。それでも故障は皆無とはいえず、また停電があれば止まります。
リニアの超伝導磁石は鉄道の鉄車輪に相当しますが、鉄車輪が壊れて脱線したということは今まで全くありません。
鉄車輪は冷蔵庫よりも遥かに信頼度が高いから、鉄道は安全な乗り物になっているのです。
…取り扱いが大変で精密機器のような超伝導磁石を、安全を優先しなければならない交通機関に何故使用しなければならないのか
人命にかかわるリニアの支持(レールへの輪重)、案内(車輪のフランジと踏面のテーパ)、推進(車輪レール間の粘着力)の心臓部を担う基礎部材などに超伝導磁石を使うべきものではなく…
ようは、超電導磁石は鉄の車輪に比べると信頼性が低いので鉄道のような交通機関に用いるべきでないということ。
従来の鉄道では時速300㎞程度が限界なんですが、超電導リニアが鉄道に比べて優れている点はスピードだけです。スピード以外の全ての部分で鉄道のほうが優れている。
超電導磁気浮上は「思い付き」
石井さんは、思い付きの提案はきちんと検討すれば、上手くいかないことや開発にようするエネルギーが無駄になることは分かるはずなのに、上からでた提案はそのまま進められて結局失敗するといっています(p151)。
上に立つ、権限を持ったリーダーが、そのような深い洞察力を持っていないと困ったことになる。わかっているつもりになった、権限を握った偉い人の「これを実行せよ」との鶴の一声に対し、率直な異論を言いにくい組織集団を形成してしまうのも、日本人の特徴である。
北山さんは宮崎実験線で国鉄内に京谷氏独裁のリニア村ができたといっています。詳細はこのページで読んで下さい。
また、上の者として洞察力を求められるべき葛西敬之氏について、ドイツのトランスラピッドを視察してから強力なリニア推進者になったと北山さんは指摘しています(葛西敬之JR東海リニア対策本部長の関西経済連合会での講演)。
リニア車体に4個付く超電導磁石は鉄道の鉄車輪に相当し、1つでも故障(クエンチ)したら脱線に相当する大事故です。リニアでは医療用のMRIの超電導磁石より遙かに過酷な使用条件です。
こう書けばリニアの危険性は小学生でもわかることで、葛西氏もリニアの実用化は困難なことぐらい十分承知しているはずです。
なお、葛西敬之氏が視察した1987年当時、トランスラピッドはTR-06型(2両編成、192人定員)という営業線で走る原形車両が走っていました。まだ宮崎実験線で1両だけで走る44人乗りのMLU002型ができたころです。超電導リニアでTR-06型に相当するのはようやく1996年のMLX01です。
ドイツが試験走行も含む数年の研究開発の結果に超電導技術を採用しないことにしたのが1977年で、以前から行われていた常電導の開発を続けました。日本航空も超電導方式を採用せず常電導で開発しました。どちらも、上海と名古屋(リニモ)に一応営業路線ができて15年以上の運行実績があります。どちらも初期にきちんと検討をして開発を進めた結果です。つまり、磁気浮上式鉄道の正解は常電導の吸引磁気方式だった。超電導リニアは不正解だったわけで、超電導を選択したことがそもそも失敗の始まりで、長距離の幹線の建設を始めたことが大失敗。
資金と知恵と時間に限界
石井さんは、技術開発には「思い付き型」と「積み上げ型」があって、リニアやフリーゲージトレインは「思い付き型」として(p161):
…リニア磁気浮上鉄道(本当は「鉄道」という言葉を使ってはまずいのだが *)やフリーゲージトレインは前者だ。過去の長年の鉄道での経験が役にたたない。知恵の積み上げが覚悟されねばならない。時間もお金もかかる。… 世の中、相当な時間と資金を使った後に、失敗だったという事例が結構多い。それを世間が大目に見るのも日本的風土かも知れない … 技術開発に限らず仕事には、資金と人材(知恵)と時間の3要素が必要である。この3つは、個人と企業には無限にあるわけではない。何を優先するかの選択の問題である。新しい仕事を始めるか否かについて、また始めた後の進め方について、経営者の判断は賢明でなければならない。
* 「リニア磁気浮上鉄道」は超伝導リニアのこと。常電導は鉄のレールに電磁石で吸い付く方式。コンクリートのパネルに取り付けた地上側のコイルで構成される超電導リニアのガイドウェイより、鉄のレールの方が軌道を精密に敷設できる。
センスの悪い技術
似たような指摘として阿部修治さんの「リニア新幹線:限界技術のリスク」
成功するか失敗するかの判断をしながらすすめていくのが技術開発。途中の失敗に目をつぶると限界まで無理を重ねる。それで、大きな損害、社会的な損失につながる、そういう例は多い。たとえばコンコルド。
センスのよい技術はどんどん協力が広がっていっていろんな人や企業と協力しながら発展して普及していく。失敗する技術は、センスが悪いところがあって、それでも頑張るといって単独で無理をしてだんだん凝り固まって硬直していって最後は衰退していく。
フリーゲージトレインは約500億円をかけて開発に失敗。結果、西九州新幹線は新幹線網から孤立した中途半端な形で開業しました。リニアも相模原と甲府を結ぶだけで終わるのが、せいぜいのところではないかと思います。現状を見ているとそれも無理かもしれない。
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