更新:2023/06/12
1987+50=2037
1987+40=2027
2037+8=2045
(2045-100=1945)
1987+50=2037
どうでもよいといえば、どうでもよいことなんですが…
リニア中央新幹線の名古屋開業の目標は、なぜ「2027年」なんでしょうか? それを考えると夜も眠れなくなってしまうんですよ。皆さん、そういうこと、考えたことありませんか?
環境影響評価書の資料編の「工事計画」の「工事工程」は、静岡の川勝知事が2022年9月7日に神奈川県の関東車両基地予定地を突然視察したときちょっと話題になりましたが、その「工事工程」で、南アルプストンネル長野工区の除山斜坑口(除山非常口)からの工事は、トンネルの掘削が1年目から11年目まで、電気工事が10年目と11年目で合計12年間工事が行われるようなかんじになっています(※)。
環境影響評価書の最終版(補正版)が出たのが2014年8月26日で工事の認可が10月17日でした。
認可がおりてすぐ工事が始めれるわけじゃないです。実際、長野工区で起工式があったのは2016年11月1日でした。この時点で、もう2027年開業には間に合わなかったはず。さらに、除山斜坑口からの掘削が始まったのが、2017年4月27日で、この日は、バックホーで斜面を1回かじっただけで、本格的に掘削を始めたのは2017年11月1日でした。
この工事工程で1年目から12年目まで「かかる」部分は「掘削、支保工」となっていて、「ずり処理工」は2年目から10年目までの9年間になっています。掘削するには斜坑口のヤードを整備する期間も必要なはず。「ずり」というのはトンネルを掘って出てくる残土(発生土、岩くず)です。「ずり処理工」が1年遅れてはじまるようになっているのは、トンネル掘削が本当に始まるのが1年後で、ヤードの整備に1年目を使うということで、実際の掘削は2年目から10年目または11年目までの9年~10年ということなのではなかったのかと思います。
除山斜坑口から静岡工区との境までの掘削距離は、斜坑部分1870m、本坑部分4940mの合計6810mで長野工区で最長です。この距離を掘らない限り長野工区の工事は終わらないわけですから、この距離を掘る時間が工事完了までの期間を左右するはず。6810mを工事工程の掘削期間の9年または10年で割ると、1か月当り約63~56.8m。工事工程からは、JR東海は、赤石山脈をこのペースで掘れるだろうと想定していたのではと思われます。
大鹿村のリニア中央新幹線情報のページには、大鹿村リニア連絡協議会の記録が掲載されています。連絡協議会はだいたい3月、6月、9月、12月の各月の下旬に行われています。席上、JR東海は、ざっとの数字ですがトンネルをどの程度掘ったか報告をしています。それによれば、普通に掘れている時には、だいたい工事工程の、つまり予測通りのペースで進んでいるようです。しかし、報告された数字が前回の連絡協議会での報告と同じということが、除山斜坑では2回あって、その期間も含めて計算すると、だいたい40m未満になります。なぜ、掘れない期間があったのか理由は分かりませんが実際にはそういうことがあるわけです。ざっといって、見込みの3分の2のペースです。とすれば、トンネル掘削だけで15年程度はかかる可能性も高いはずで、2017年+15年=2032年以後でないと開業できないことになるでしょう。
南アルプストンネルの西側は小渋川を渡る部分で、橋りょうを建設する計画です。工事工程ではこの橋梁の工事は3年目から9年目まで行われることになっています。2023年6月現在で工事契約もできていないし工事も行われていませんから、2027年開業には間に合いません。
この橋りょうは、小渋川の鳶ヶ巣峡といわれる険しい谷の岸壁と岸壁をつなぐような橋りょうで、どうやって工事をやるのか、かなり難しい工事のはずです。工事現場に工事車両がアクセスする方法がほとんどないといってよい場所です。かなり前とはいっても、工事認可よりあとの、大鹿村内であった説明会で、住民からどうやって工事をするのかという質問が出ました。JR東海は、工事方法はまだ決まっていないと説明しました。また、新たな斜坑を掘って工事することも考えているなどともいっていました。
さて、工事工程では3年目から9年目まで工事をするといっているんですから、工事の方法は決まっていたはずです。ところが、認可の後になっても、工事の方法は決まっていないという。この環境影響評価書の資料編の「工事工程」はいった何なんでしょうか?
実際の工事のペースからは2027年の開業はムリです。また、工事工程もギリギリいっぱいのもの。
そこで、2027年という数字。国鉄が分割民営化(会社化)したのが1987年で昭和62年。昭和とか平成とか令和でなく西暦で考えると、1987年から40年の区切りが2027年。でも「4」は縁起が悪い。
JR東海は2027年に名古屋まで開業して8年間は工事を休んで体力を付けてから大阪までの2045年開業を目指すといっていました。その後、鉄道・運輸機構から財政投融資を受け、大阪までの開業時期を8年前倒しして2037年とすることになりました。
2045年は1945年の敗戦から100年で、葛西敬之さんが目指したはずはない年ですが、2037年はJR東海発足50年にあたる年で、これはありうる。財政投融資も初めから予定されていたことじゃないかと…。
注
- 神奈川県の「工事計画」の「事3-2-13」が関東車両基地(K地区)の「工事工程」で1年目から11年目まで工事が行われる(「かかる」)ことになっています。川勝知事は11年かかるのに2022年の現在工事が行われていないではないかと指摘。関連ページ ⇒ "部分開業もできない。残念だ。"
- 長野県の「工事計画」の「事3-3-1」が除山斜坑口(非常口)(A地区)からのトンネル工事の「工事工程」。