リニアの技術について

 リニアは磁気浮上式です。出発と停車以外では車輪を使いません。われわれの日常感覚からすると、なにか無理があると思います。重い車体と乗客を持ち上げながら走るのです。車輪があったほうが楽なんじゃないかというのは素人考えでしょうか?

[2016/03/12 補足]「車輪があったほうが楽なんじゃないか」というのは素人考えかもしれません。メーカーの主張によれば、磁気浮上方式のトランスラピッド(上海リニア)は同じ速度なら電力消費(座席当たり)は、ドイツの高速鉄道(ICE)の約67%だそうです。ICEの時速300㎞とトランスラピッドの時速400㎞では電力消費(座席当たり)はほぼ同じだそうです。それでもドイツは国内での敷設をあきらめました。⇒ 参考

 約50年前、鉄道では時速300キロ以上は出せないと考えられていました。あまりに速いと車輪が空回りするからです。車輪とレールの間の摩擦が小さいからです。実は、それこそが鉄道の長所なのですが・・・。

 そこで世界各国でこの摩擦に頼らない浮上式の列車の研究をはじめました。小さいとはいっても摩擦は摩擦、その摩擦をゼロに出来る利点もありました。ホバークラフトのように空気で浮き上がらせて、プロペラやジェットエンジンで推進する方法、そして磁石の力を利用するものが考案されました。しかし、実用的なものはなかなか出来ませんでした。日本とドイツ以外は早々に開発を止めました。

 27年前(1987年)、イギリスの鉄道ジャーナリスト・マレー・ヒューズ氏は次のようにいっています。

「(磁気浮上式鉄道では)数組の車両を、あるいは数本の線路を用いて運転するということになると、たちまち車両をある線路から他の線路に移すという問題が生じるのである。このために必要な分岐装置がきわめて複雑で高価であることを思えば、磁気浮上方式が高速鉄道に取って変ることが決してないだろうということを理解する一助となろう。」
「 実のところ、磁気浮上式の出番となるようなマーケットがないのである。レール・車輪方式の高速鉄道は、非常に多数の旅客を都市間旅行に必要にして十分な高速度で、移動させることができる。それ以上の距離になると、今度は航空機が見事なほど効率的に長距離旅客を運んでくれるのである。」
「私がこれまでに聞いた磁気浮上式に関する批評のうち最も印象的なものは、1984年にバーミンガムで開かれた会議の席上、イギリスのGEC社の技術部長 M.P.リース博士が語った次のような言葉である。いわく『もし仮に、誰でも彼でもがホヴァークラフトだの磁気浮上式車両だのに乗っているような事態になったとしよう。そのときには、車輪という発明は、われわれがいま考えているよりもずっと素晴らしいものだということが分かるであろう』(注1)。日本とドイツで既に巨万の費用をかけた研究がなされたにもかかわらず、磁気浮上車両がまだ営業運転を開始するには至っていないということに、冷静に思いをいたすべきである。」(マレー・ヒューズ著/菅健彦訳『レール300 世界の高速列車大競争』山海堂、1991年[原著は1987年]、100~101ページ)

  1987年以後も、日本とドイツは磁気浮上方式を研究し続けました。上海のリニアはドイツの技術で建設されました。

 しかし、経済的に見合わない、在来の鉄道と連携が難しいなどを理由に国会で審議した結果、ドイツ国内での建設は中止になりました。結局現在は日本だけが開発を続けている技術です。日本の方式の元祖はアメリカです。広大で平坦な国土のアメリカなら、リニアの建設は日本に比べて容易なはずです。しかし、アメリカでは見向きもされなかったのです。

 去年、2013年に産業技術総合研究所(旧工業技術院)の首席評価役、阿部修治さんは「エネルギー問題としてのリニア新幹線」という文章のなかでリニア方式を評価しています。

 磁気で浮上させたことで車輪とレールの間の摩擦などの機械的な抵抗はゼロになったけれど、従来の鉄道ではなかった「磁気抗力」というものが新たに出てきたといっています。簡単にいえば、列車を前に進めるエネルギーの一部を浮き上がらせるために使っているということです。実はこの「磁気抗力」は、摩擦=機械的な抵抗より大きかったのです。消費電力としてみると、時速300キロでは、新幹線の機械的な抵抗に対してリニアの「磁気抗力」は約2倍になると指摘しています。「車輪という発明」の素晴らしさが証明されたといえるでしょう。

 また列車を進めるために使われるリニアモーターはその構造上、従来の回転式のモーターよりはるかに能率が低いこと、また電気的にも損失が多いといっています。

 したがって、時速300キロの場合でも新幹線よりリニアのほうが電力消費は大きく、速度の二乗に比例して増大する空気抵抗を考えると時速500キロで営業運転するリニアは時速300キロの新幹線の約4.5倍の電力を消費すると指摘しています。

 山梨実験線の都留変電所(電力変換所)。

 リニアでは変電所の約25キロの担当区間のなかに1本の列車しか走らすことが出来ません。実はリニアモーターというのは、全長が25キロメートルにもなる巨大なモーターなのです。世間一般では、いろいろな機器は進歩するほど小さくなるものですが、新幹線の直径1メートル弱のモーターに比べると、リニア中央新幹線のリニアモーターは桁外れに巨大なモーターなのです。阿部さんは次のようにいっています。

" 確かに半世紀にわたって粘り強く開発が続けられてきたJR リニアは,まさに技術の粋を集めたものである。しかし,個々の技術がいかに素晴らしいものであっても,システム全体として筋のよい技術になるかどうかは別問題である。ここでいう「筋のよい技術」とは,市場に受け入れられ,多くの経験をふまえて改良され,社会に定着してゆく技術である。"
" JR リニアが「筋のよい技術」として普及する見通しはなく,開通当初の「もの珍しさ」だけが取り柄の特殊な技術で終わってしまう可能性が高い。下手をすれば,超音速機コンコルドのように大事故を起こして退場を迫られることになるかもしれない。そうなれば後に残るのは大きな負債だけである。"

 日本のJR東海のリニアは時速581kmというスピードを出しましたが、2007年にフランスのTGVは普通の鉄道で574kmというスピードを記録しています。また、現在では300キロ以上で営業運転をしている鉄道が世界にはあります。高速鉄道が時速300キロは鉄のレールと車輪の鉄道の限界という50年前の見通しも正しくなかったのです。

 鉄道の技術者はリニアについてどんな意見を持っているでしょうか?

「新幹線の父」といわれる島秀雄さんは:

"スピードをもっと上げるとどうなるか。止まるのも大変になるのね。前の列車と次の列車の間をうんと空けなければ、走れない。路線に入る列車の本数がとれない。止まらなければ、中間駅のない列車だ。これで何をどう運ぶというのか。物理実験の意味は大きいから研究は大いにやったらいい。でもね、列車のスピード競争はね、もういいかげんにして、わきを固めたらどうか。日本は狭いし、空路もあるんだから"(『朝日新聞』1994年7月21日付。 注2)
"400キロとか500キロとかいった高速を狙うことは振動とか安全面からみて問題だから慎むべきだ"(前間孝則『技術者たちの敗戦』。注2)

元日本鉄道建設公団総裁、篠原武司さん

"トンネルを出入りするときの衝撃をどうするつもりなのか。"
"そもそも地上を超高速で走ればすごい風が起こる。リニアでは時速500キロを目指すとしているが、時速500キロは秒速に直せば秒速129メートルということだ。今年の最大級台風だって、最大風速は秒速50メートルなんだ。"
"トンネルの多い日本では地上を走る輸送機関としては時速250キロから300キロを限度とすべきだ。それ以上の高速度が欲しければ飛行機を使えばいい。鉄道輸送の限度をわきまえるべきだ" (北山敏和の鉄道いまむかし:篠原武司のリニア疑問論)

元国鉄総裁の仁杉巌さん

非常に優秀な、しかも経済的な交通手段としてマグレブ(=リニア)があるならそれを使うべきであろう。しかし、もし同じぐらいのことならば、むしろシステムとしては一緒のものに(=新幹線)しておいたほうがいい(仁杉巌『挑戦』交通新聞社、2003年。注2)

JR東日本の副社長、会長を歴任した山之内秀一郎さん

"鉄道においては、スピードばかりを競うような考え方はだめだし、そんな思想の技術者もだめだ"
"赤字経営に悩まされ続けて、ついに分割民営化した国鉄時代の苦い教訓からすると、鉄道事業において、公共事業みたいに巨額の設備投資による借金を抱えつつの経営は企業を倒産に追い込んでしまう"(前間孝則『新幹線を航空機に変えた男たち』さくら舎、2014年。注2)
◎JR東海のリニアの省エネについてのいかがわしい説明

 JR東海はリニアの省エネについて、新幹線で約50パーセントの省エネの実績があるから、リニアでも同じように省エネは達成できるといっています。

 これについて先の阿部修治さんは:

"新幹線が開業以来半世紀にわたって省エネルギー性能を徐々に高めてこられたのは,レールというインフラは変わらずとも,その上を走る列車のモータをどんどん進化させてきたからである。ところが,リニアモータはいったん規格を決めて建設してしまうと,そのシステムを変えることはほとんど不可能となる。モータという機械を地上の長大インフラとして建設しなければならない磁気浮上式鉄道はあまりにも硬直的な巨大システムで,比べれば比べるほど,柔軟な分散型システムである現在の鉄道のよさが光って見えてくる。"

JR東海は飛行機に比べてエネルギー消費が少ないとも主張しています。

リニアの時速500キロと旅客機の時速1000キロを、「同じ速度域」という奇妙な言葉でくくっています。

これについては、阿部修治さんは次のようにいっています:

"まったく異なる性格のものを比較するのは適切でない。時速500キロは新幹線の試験最高速度430キロ より少し速いだけで,ジェット機の時速900キロに比べれば約半分でしかない。本当に急ぐ人は航空機を利用するであろう。中央新幹線の需要予測でも航空機からの転換はわずか5% にすぎず,全体の6 割は東海道新幹線などからの転換と予測されている。したがって,リニアはあくまで鉄道の一形態としてエネルギー消費を論ずるべきである。"

 それに、飛行機は飛行場さえあれば途中のコンクリートの線路は不要。

◎「超電導」についての誤解

 リニアに関連して超電導の説明をする場合にこんな実験が使われます。

 液体窒素で冷やしたリニアの車体に似せた超伝導体がジェットコースターのようなコースの上を浮上しながら走ります。これは超電導体の「ピン留め効果」を利用したものでJRリニアの浮上原理とは関係ありません。この装置は山梨県立リニア見学センターのものです。説明者はきちんとリニアの浮上原理は違うと説明しています。この実験は子供向けの科学教室でも良く行われているようです。

 リニアでは「超伝導磁石」をたんなる「超強力な永久磁石」として使っているにすぎません。 見学センターでは本当の浮上の仕組みを展示で紹介しています。

 リニアの模型が中央にあって、その側面にはちょっと強力な永久磁石が付いています。もちろん超電導磁石ではありません。左右に透明なリングがあります。これらはガイドウェイのかわりです。「8」の字に巻かれたコイルが多数付いています。回転させると車体がガイドウェイの中を走っているのと同じになります。リングは展示の手前にあるハンドルを見学者自身が回すと回転します。

 速くハンドルを回すと車体の前方が浮き上がります。これがリニアの本当の浮上の仕組みです。

 実物では、車体が高速で走ると車体側面の磁石とガイドウエイの「8」の字に巻かれたコイルが反応して浮上します。つまり浮き上がっているには横方向に走り続けていなければなりません。列車を走らせるためのコイルは浮上のためのコイルの外側にあって電力は外側のコイルだけに流れて、「8」の字に巻かれたコイルには外部からの電気はながれていません。この展示には超電導体や超電導磁石は使ってありません。前出の阿部修治さんは次のようにいっています。

「JRリニアは他の磁気浮上システムとの違いを強調して『超電導リニア』とも呼ばれるが,超電導で走るわけではないので誤解を招く表現である。列車の駆動力は地上コイル(常電導)から供給されるのであって,『超電導だから消費電力が少ない』などというのはまったくの誤りである。」

◎分岐装置の複雑さ

 鉄道がダイヤを組んで運行するにはポイントが必要です。従来の鉄道のポイントは基本的な仕組みは簡単な物ですが多数の列車をスムースに「さばく」ことができます。

 リニア新幹線では3つの方式の分岐装置、ポイントがあります。ガイドウェイが車体の半分近くの高さがあるので普通の鉄道のような簡易な方法は使えません。

(1)中間駅など一方が高速走行が可能な高速分岐装置はジャバラ状のガイドウェイ全体を横に移動します。見た目には簡単ですが、重量のあるガイドウェイを適切な曲線に曲げるために複雑な制御が必要です。中間駅など高速走行の列車が走る場所で使います。

(2)低速車輪走行部分で使う低速用分岐装置。かなり複雑な構造です。黄緑の中間部分ではガイドウェイが上下に移動します。

(3)車両基地用分岐装置 はガイドウェイのない車両基地内を車輪走行する部分で使います。この場合リニアは自走できないので他の入替用の機関車で牽引します。

日本一複雑といわれる近鉄、大和西大寺駅のようなポイントはリニア方式では不可能でしょう。西大寺は路線が交差する駅で非常に多数の列車を日々さばいています。

動画 近鉄大和西大寺駅 (michinoku1973 さんによる 2011/06/10 にアップロード : 近鉄大和西大寺駅の8倍速早送り。大和西大寺は、京都、大阪、奈良、橿原神宮の4方面­からの複線が合流するため、常に複雑な運用が見られます。2011年6月5日撮影。 )

◎車体デザインの矛盾

 新幹線、N700系電車、ドイツのリニア、トランスラピッド、フランスのTGVなどの高速鉄道の車両も、車体側面はほとんど平らです。空気抵抗を減らすためです。

 山梨リニア見学センターの実験に使われた実物車両の展示や最新のリニアの模型の写真を見ても、超電導磁石の部分が車体から飛び出しています。下の写真の赤線の部分で約15cm。ここは走行するときにはガイドウェイに隠れています。


 リニア見学センターのギャラリーのリニアの写真の中に超電導磁石の飛び出しがよくわかる写真があります(2-3.jpg1-10.jpg)。

 なぜだか考えました。多分これは、分岐装置を通過するとき車体とガイドウェイの接触を避けるためではないかと思います。

 実は車体とガイドウェイの隙間は騒音や空気抵抗の原因の一つなのです(注3)。本当なら平坦にしたほうが良いのですが鉄道として運行するにはポイントが通過できなくてはなりません。運行システム全体として「つめが甘い」感じがします。

 省エネルギーは世界の潮流です。JR東海の磁気浮上式鉄道はもはや時代遅れの技術に見えます。南アルプスの自然環境の破壊や、伊那谷やその他の沿線の住民の生活環境を破壊してまで建設する意義があるとは思えません。

「車輪の再発明」とは「無駄な努力」のたとえらしいです。リニアはまさしく「車輪の再発明」。

終わり


古代の戦車。車輪の歴史は5500年。


2014年11月15~16日に、高森町まるごと収穫祭・文化祭で高森リニア学習会が展示したスライドをウェブ版にしました。

注1: 多分原文の意味は → 「いったい空気や磁力で浮上して走る列車に誰もが利用する時代がくるだろうか、つまり車輪の発明というのはわれわれが思っているより以上に素晴らしいものなのだ」

注2: LITERA:JRでタブーになった「リニア新幹線」慎重論…「新幹線の父」の意見も封印 (2014.09.13)

注3: 『AERA』2014年10月6日号、p70、「夢の超特急で一体、何が」

○ リニアのエネルギー問題を考察した濱谷泰昭さんは「リニア新幹線をめぐる工学的諸問題」(『日本の科学者』2014年10月号)でリニアの燃費は蒸気機関車なみといっています。この号の『日本の科学者』はリニア特集でいろいろな角度からリニアについて論じた論文が掲載されています。

○ 阿部修治さんの論文は、原子力発電がリニアにとって必須かという論点で話題になりますが、阿部修治さんが、「リニアの電力消費は原子力発電所の何基分」という言葉に言及しているのは、岩波の『科学』ではなくて、リニア市民ネットのページの「阿部修治『リニア中央新幹線の消費電力について』2011年7月25日文書」(PDF)です。


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