「おもしろ科学工房」のリニア・サイエンスショー

 飯田市の「かざこし子どもの森公園」で行われている「後藤道夫先生とおもしろ科学工房の『おもしろ科学大実験』」を見てきました。「『超低温の不思議な世界』のサイエンスショー 〜超電導とリニア〜」という催しを見るためです。


「はやぶさ」を打ち上げたMV5の5分の一の模型が飾ってあります。右のホワイトボードには「リニアを体験しよう」と書かれています。

 例えば、地元紙『南信州』がこんな記事を書いています。

小学校でサイエンスショー
 飯田市立松尾小学校で27日、サイエンスショーが開かれ、5年生(141人)が2クラスずつ分かれて科学実験を行った。・・・実験では、空気中にあるチッソを液体にした液体窒素で超電導体を冷やすことによって磁石が反発し2センチ浮上することを体験し、リニアの原理を学んだ。・・・(『南信州』2014年11月28日 第3面)

 記者はマイスナー効果やピン止め効果をリニアの原理と結びつけているようです。この実験をして見せたのも「おもしろ科学工房」です。実際にどんなことをして見せているのか確めてみました。

 サイエンスショーの時間は1時間。見学者のほとんどは小学生とその保護者です。上演?順に実験内容を書いてみます。

(1)液体窒素を入れた容器にゴム風船をいれる実験。体積が小さくなったゴム風船が取り出すとまた膨らむという実験。中には破裂するものも。

(2)透明なビニール袋に空気を入れて液体窒素で冷やす実験。

(3)二酸化炭素をビニール袋に入れ液体窒素で冷やすとドライアイスができるという実験。

(4)液体窒素の中に生花を入れ、取り出すと粉々になる実験。

(5)液体窒素で冷やしたゴムまりを木槌で割る実験。

(6)液体窒素で氷らせたバナナで釘を打つ実験。

(7)液体窒素の容器中に素手をいれて見せる実験(手の表面に沸騰した泡ができて短時間なら保護されるため凍傷にならない)。

(8)笛吹ケットル(やかん)に液体窒素を入れて笛を鳴らす実験。

(9)35oフィルム容器に液体窒素を入れふたをしてしばらくするとふたが天井まで吹き飛ぶ実験。ゆえに液体窒素のボトルのふたは乗せてあるだけという説明あり。

(10)ネオジウム磁石を利用して作られている超電導コースターのカバーを外し子供たちの前に置く。

・・・ここまで約45分かけています・・・。ここで説明する人が交代しました。説明の最初のほうで「今度飯田に来るリニア新幹線は、超電導リニア中央新幹線といいます。なんで超電導っていうかっていうと、この液体窒素を使って超電導のすごい強い磁石をつくってます。」と説明しています。リニアでも液体窒素は使いますが、普通は、あるいはJR東海は液体ヘリウムで冷却しているといっています。

(11)電球と電源からなる回路の途中に超電導物質をいれ。冷やしていくと電流の流れが増えて電球の明るさが明るくなるという実験。この196度で超電導状態になる物質は日本人が発見と説明。

・・・ここで超電導コースターの解説。日本人が作った非常に強い磁石、ネオジウム磁石を2000個つかっていること、コースの表と裏についていること、この上に冷やした超伝導体を置くと浮いて走ると説明。これは職員がスタッフとして参加している飯田信用金庫が平成18年に寄附してくれたといっていました。100万円するそうです。


超電導コースター

(12)超電導物質を超電導コースター上を走らせる実験。中学生1名と小学校高学年2名が参加

中間駅すっ飛ばし「超」飛躍の連続みたいな説明

・・・「でもね、これはリニアの原理とはちょっとちがうのね。この超伝導体、使われている超伝導体はこういうのもなんだけれど、リニアの原理っていうのはちょっとちがう。みんな磁石って知っとる、そう鉄にくっつく、ほら反発しちゃう。これさっきと同じで浮いとるよね。リニアが浮くのはこの原理です。磁石と磁石との反発で浮いています。」・・・


手前はおそらく普通のフェイライト磁石を使っていると思います。(※ 以下グリーンの文字は私の説明です)

・・・「これは普通のじしゃくですが(上の写真の手前)、ネオジウム磁石という強い磁石がこの横とこの下に入っていてその反発で浮いているんです。」・・・


こちらはネオジウム磁石をつかっているそうです。台座と模型のリニア双方にネオジウム磁石がバランスをとれるように埋め込んであるのだと思います。おそらく模型の車体が前方に動くような力を生じさせているので車体前方の透明な板で車体を止めているのでしょう。

・・・「だけど、リニアで使われている磁石はさっきのマイナス196度でひやしたつめたいのがはいっています。」「リニアはね、重たいから強い磁石が必要になるんだよね。」

・・・「磁石の反発で浮くっていったけど。ここに強い磁石があります。さっきのネオジウム磁石です。これをねアルミの板に、これくっつかないよ。だけど、くっつかないから、くっつかないよね、おとすよ。なんか変なのわかる。遅いよね」・・・


アルミニウムの斜面をネオジウム磁石がゆっくりと滑りおちていきます。摩擦の影響ではないことを示すために、一部の裏面にアルミ板を貼ったアクリル板の上を滑らせた方が良いのではないかと思います。

・・・「遅いのをはやーくやるとどうなるか。わかる浮いてるの。」・・・


台座に貼ってある説明文に注目。この装置は本来は「渦電流と電磁制動(ブレーキ)の実験」について説明するものだったのでしょう。装置はインダクションモーターを使っているので電源を切ってもしばらく回り続けます。円盤に磁石を近づけると急速に回転が止まるというような実験に使ったものと思います。「リニアモーターカーの磁気浮上」という説明文は問題がありそうです。


回転していない状態。


回転すると車体の前方が浮き上がります。(円盤の回転力の一部を浮く力に変えているので、(当然磁石の位置を触れる寸前で固定できるようにしておけば)回転に対して抵抗が生じます。それが電磁制動の原理です。昔のレコードプレーヤーのスピードの微調整にも使われていました。)

・・・「だからリニアは走ってないと浮かないの。止まっているときはね、浮いてないの。タイヤはあるけど、タイヤで動くわけじゃないのよ。ここに「おもしろ科学工房」のスタッフが作ってくれた、すごい、リニアの原理を示したのがあります。」・・・


レールの奥にある配線基板はレールのコイルに送る信号電流または交流電流を発生させるためのもの。実物では大鹿の大河原や豊丘村にできる電力変換所に相当する部分です。(この装置は、JR東海のリニアが採用している同期式だけでなく誘導式の実験もできる回路になっているようです。)


レールには電磁石のコイルが並んでいます。実物では鉄心のないコイルがガイドウエイの側壁の、「浮上・案内コイル」の外側に設置されています。

車体の模型を外すと


小さなトロッコのような台車がありました。「リニアM・同期型」と書かれているので、この装置がJRリニアの推進原理を模式していることは間違いないと思います。


・・・「今ここで浮いたよね。浮いたのは、リニアは、走るレールの横に、コイルっていうのがあるの。コイルのところを、これが横になっている、その上をリニアの磁石が走ると、こういう風に浮く。今度来るリニアはレールの横のところにいっぱいコイルというのがあります。そこのところを超電導のすごい強い磁石が走ります。そうすると浮きます。だから止まっているときは浮かない。じゃ、走るのはどうするかって言うと。今見た、ここにいっぱいコイルがあるよね。これがさっき言ったエヌエスエヌエスってたように変わっていって、磁石を引っ張ていきます。それでリニアは前に進みます。だからリニアは浮いて前に進む。わかった。これはちょっと浮かないんだ。強い磁石じゃないから浮かないんだよね。そのかわりまっすぐ走ったよね。それで品川から飯田まで40分、名古屋まで20分かな、あと10年ぐらいたつとリニアができて、みんなが東京へ行くのも名古屋へ行くのもすごく楽になります。みんなが大きくなったころには東京へ大学にも行けます。就職して仕事にも行けます。東京で仕事していて家に帰って来ることもできます。羽田から外国の人たちがいっぱい飯田に来るかもしれません。世界で初めての10pもあがるすばらしいリニアの駅ができる飯田ですから、みんなが大きくなる時に、また飯田に帰ってきて、いっぱい飯田を発展させてくださいね。最後まで残ってくれた人にご褒美があります・・・」・・・

 「ご褒美」というのは液体窒素で凍らせたマシュマロのことで、食べるとマシュマロがパリパリとした食感になるというもの。それはともかく、ここまでの説明に約1時間10分(予定は1時間)。もちろん子供が細かい部分まで理解することは無理だと思います。では、何のためにこういうサイエンスショーを見せるのでしょうか?

 一番印象に残るのは超電導コースターではないかと思います。ここでも山梨見学センターと同じように、リニアの浮上原理とは違うと念を押しています。リニアの浮上に関係ない「マイスナー効果」、「ピン止め」効果を紹介する方法として、この超電導コースターは適していないと思います(※)。非常に高価な実験装置であり、飯田信用金庫が寄贈したものであり、使わなければならないという配慮もあるのだろうと思います。確かにおもしろい実験なのですが、リニアの浮上走行原理とは全く関係ありません。悪意があってのことではないと思いますが、「おもしろ科学工房」のスタッフの皆さんも飯田信用金庫もあまりに無批判すぎるのではないかと思いました。「科学技術」という視点では「可」であっても、「科学」という視点ではこのサイエンスショーは「不可」ではないかと思いました。

※ コースターはまさに「マイスナー効果」、「ピン止め」効果を利用しているのですがもっと簡単な装置でも実験はできるはず。コースターを使うなら「マイスナー効果」、「ピン止め」効果の説明の導入部分に使うべきだと思います。こんな装置に100万円もかける意味はあまりないと思いますね。この7日のイベントでは「マイスナー効果」、「ピン止め」効果という言葉は一切出ていなかったです。「超低温で起きるいろいろな現象」と「電磁気学の応用」は全く独立した別のテーマとして別の機会に扱えるはずです。「超電導リニア」と呼ばれているように、リニアは超電導と結びつけて語られることが多いのですが、子供に科学的な見かたを広めようという立場なら「電磁気学の応用」のところで扱うべきだと思います。

 さて、8日の『信毎』は:

アルミホイルに包んだ陶器片を液体窒素に入れ、強い磁石を備えたレールの上を浮かせて走らせる実験も披露。リニアモーターカーが浮く仕組みも紹介した。

 説明ではこのアルミホイルに包んだ超電導物質については「セトモノのようなもの」と言ってたのですが。それは別として「強い磁石を備えた・・・。リニアモーターカーが浮く仕組みも紹介した。」と句点で区切った書き方は「うまい」というか「ずるい」と思います。前半は明らかに超電導コースターのことですからね。

 『南信州』8日は、このイベントは紹介していますがリニア関連の実験については何も書いていません。サイエンスショーのときいなかったのかもしれません。

 なお、走らなければ浮かないという表現は一応は正しいといえるかもしれません。ただし、これは山梨見学センターの実験装置をよく観察するとわかるのですが、ちょっとこの説明にはおかしいことがあると思いませんか? 以下の2つの写真は山梨リニア見学センターにある浮上原理を説明する実験装置です。


山梨見学センターにて。両脇のガイドウェイにみたてたリングが回転すると車体が浮き上がります(下の写真)。


 実験線で実際に試乗した人びとは浮き上がったなんて言っていないと思います。じつはスピードが速くなると「8の字」コイルの真ん中のi位置に留める力が出てきて落ちないという説明が正しいのではないかと思います。だから止まっているときや加速する間は車輪が必要で、約150q/h位になって車体が落ちなくなると車輪を引っ込める。

 「8の字」コイルの真ん中の位置というのが重要で、これはJR東海もいってるのですが、こうすることで「超電導磁石を動かすときの抵抗」(磁気抗力)がなくなるのだそうです。

 では山梨見学センターの実験装置、どうして回転が速くなると、つまり走り出すと浮き上がるんでしょうか? ちょっと考えてみてください。

 それはともかく、こういうイベントを親子で見て、超電導リニア中央新幹線は素晴らしい科学技術の精華なのだという印象を植え付けることは、どうなのかなと思いました。

細かい点でいうと、超電導磁石は非常に強力なので、浮上コイル案内コイル、推進コイルには鉄芯(コア)が使えません。「おもしろ科学工房」実験装置では使っています。コアが使えないのでコイルが作る磁場の外部への漏れが大きくなるし、磁力を有効に使えません。また、コイルと超電導磁石の隙間(エアギャップ)が4pと非常に大きいので電気を無駄にします。新幹線のモーター1o以下。ガイドウエイの大部分は鉄筋コンクリートなのですが、磁気抗力を減らすために磁石に付きにくい特殊な鉄筋を使うそうです。

 最後に付け加えると、JRリニアの浮上原理はフレミングの右手の法則と左手の法則だけで説明できます。超電導は関係ありません。上海リニアを開発したトランスラピッド社のページではJRリニアの浮上方式をエレクトロダイナミック(電気力学)方式、自社のものをエレクトロマグネチック(電磁)方式と区別しています。

(2016/05/09)

補足 : 超電導コースターについて

(2016/05/10)


(追記 2016/05/16)

悪意がないならバカ

 リニア新幹線で採用されている超電導物質について、「今度飯田に来るリニア新幹線は、超電導リニア中央新幹線といいます。なんで超電導っていうかっていうと、この液体窒素を使って超電導のすごい強い磁石をつくってます。」、「リニアで使われている磁石はさっきのマイナス196度でひやしたつめたいのがはいっています」と説明をしています。

 JR東海のHPの超電導リニアの原理には、「超電導リニアには、超電導材料としてニオブチタン合金を使用し、液体ヘリウムでマイナス269℃に冷却することにより超電導状態を作り出しています。」と説明があります。液体窒素という言葉は原理の説明の中には出てきません。

 現在、もっと高い温度で超伝導状態になる物質が実用化できないかの研究はしているようですが、実用化の見通しはまだたっていないはず。将来的には液体窒素を使うようになる可能性がないとはいえないから、リニアは液体窒素でマイナス196度に冷やした超伝導物質を使っていると子供に教えて良いはずがありません。

 イベントをこなせば何か意味のあることができたと思うのは大きな間違いだと思います。私はこのイベントは全くふざけているし、人をバカにしていると思います。悪意がないとすれば本当のバカです。科学ってこういうものじゃないと思います。特に、アルミ板を使った渦電流の実験をリニアの浮上原理として見せる部分。自分たちでもっと適切な実験装置(フレミングの右手、左手の法則の応用)が作れるはずなのに、たまたま見つけた見当違いの現象に、列車の模型を被せたこの装置は、本当に悪質極まりないと思いました。

もう一つ突っ込みを

 ここで書いているのは回路で示すとこういう実験です。


 次は電球を点灯する回路図。上図の電球の替りに電流計、超電導物質の替りに電球がつながっています。


 電球は電流が流れるとフィラメントの温度が上昇して光ります。例えば家庭にある交流100ボルト用の「60ワット」の電球には、実際の消費電力としては「100V 57W」と書いてあります。100V をつなぐと電流は 0.57アンペア流れるという意味です。電圧は電流と抵抗値の積ですから、100=抵抗値×0.57 、100÷0.57=175.4オームのはずです。しかし電球の抵抗値を測って見ると約12〜13オーム程度です。つまり温度が上がると抵抗値が増えて電流が通りにくくなるのです。「おもしろ実験工房」の実験と逆方向の現象です。

 では、普通の金属でも温度が下がれば超電導状態が可能なのではありませんか。あるいは、液体窒素でマイナス195度に冷やした「ある超電導物質」がこの実験で超伝導状態、つまり抵抗値がゼロオームになっていることが証明できますか。という質問が子どもや一緒に来ているお父さんやお母さんたちから出たらどう答えるつもりなのでしょうか。

(2016/06/06 補足)普通のテスターでは「ゼロオーム」は測れません。常温の鉄でも、アルミでも銅でも、金属なら導通テストを調べると表示は「ゼロ」です。マイスナー効果が起きている ⇒ 電磁誘導で流れはじめた電流が止まらないから ⇒ だから抵抗値が「ゼロ」という説明が一般的のはずですから。温度が下がれば抵抗値が減るという実験はほとんど無意味です。

 このイベントでは、子供に質問を問いかけることはしていますが、子供からの質問は一切受け付けていなかったです。

 リニア実験線に隣接するどきどきリニア館山梨県立科学館で行われているこの種類の実験とは比べると、かなり違和感を覚えました。

(2016/05/21)