更新:2021/04/14

目的があいまいなリニア計画

 リニア新幹線について、建設目的が曖昧だと指摘した橋山禮二郎さんの『必要か、リニア新幹線』が出版されたのが2011年2月。東日本大震災の約1か月まえ。もう、10年がたちました。

 JR東海が2012年から2013年にかけて沿線各地で行った説明会のなかで住民から出された質問への回答をホームページに掲載しています。

 「中央新幹線を建設する意義・目的を教えて下さい。」という質問への回答は:

・東海道新幹線は開業後48年が経過しており、将来の経年劣化や大規模災害に対する抜本的な備えとして、中央新幹線を早期に実現させることにより、東京・名古屋・大阪を結ぶ日本の大動脈輸送の二重系化が必要です。
・中央新幹線は、超電導リニアにより実現していきますが、超電導リニアの高速性による時間短縮効果によって、日本の経済及び社会活動が大いに活性化することが期待できると考えています。
・また、中央新幹線開業後の東海道新幹線については、東京・名古屋・大阪の直行輸送が相当程度中央新幹線に移り、現在の東海道新幹線の輸送力に余裕ができることを活用して、「ひかり」「こだま」の運転本数を増やすなど、現在とは異なる新しい可能性を追求する余地が拡大します。

「二重系化」は必要か?

 まず「二重系化」する目的として、「東海道新幹線の経年劣化」については、そんなに危ないならすぐにでも運休して対策工事をすべきだと思います。実際、1976年から1982年にかけて44回午前中を運休して改修工事を行ったことがあったのですが、そのときどんな影響があったかといえば、なかったと曽根悟さんが『新幹線50年の技術史』(*)のなかで書いています。いまより経済活動がずっと活発で、インターネットもなかった時代のことなのに。実は、バイパスがなくても、東海道新幹線の改修はできたし、他の新幹線や鉄道の路線だって、代替路線で「二重系化」なんかしているところはありません。JR東海さんは、現在、実は東海道新幹線の改修を運休せずに進めています。そういう技術を開発したのだそうです(**)。

* 講談社ブルーバックス、2014年、p50~51。「運休機関の乗客はどこに流れたのか、…手を尽くして調べた結果は拍子抜けする結論であった。…ほかに流れたのではなく、大部分は単純委に消えてしまっていた。便利な乗り物があるから利用するのであって、なければ顕在需要にはならないとの結論を得た。」

** 『産経Biz』2013年4月27日 "新幹線、史上最大の若返り作戦 JR東海が世界に誇る最先端技術"
『日経』2014年10月24日 "新幹線止めずに大改修 100歳目指す若返りの新工法"

 「二重系化」が必要な理由の一つは、実際にはなかったことになります。ウソだったとまではいいませんが。

経済に必要なのは「物流」

 「大規模災害」については、東海道新幹線のルートとリニア新幹線のルートは南海トラフ地震ではどちらも震源域の上にあるので、ほとんど意味がありません。南アルプスや中央アルプスの山中で、谷を橋梁で渡る部分が数か所あります。とくに小渋川を渡る部分の谷の斜面は崩れやすく、大規模地震では非常に危険だと思います。トンネル内を走行中に断層がずれた場合には大事故になるはずです。北伊豆地震の時に工事中だった東海道本線の丹那トンネルでは切羽部分が2m以上ずれたといわれています。台湾で脱線した列車がトンネルの入口に衝突、前方車両の車体の片側が削り取られるという事故がありました。トンネル内部がずれた場合もほぼ同じことが起きるはず。速度が4倍以上速いので大事故になると思います。中越地震では上越新幹線の魚沼トンネルで路盤が25㎝盛り上がりました。

 災害時に肝心なのは「貨物輸送」、「物流」です。リニアは旅客路線なので物資の輸送、「物流」には無関係です。災害時でも平時でも「物流」は重要ですが、新幹線は「物流」の路線ではありません。東日本大震災では、在来線を日本海側を迂回して貨物列車を走らせたそうです(*)。JR東海さんの回答も、「日本の大動脈輸送」とは書いていますが、「物流」とはいっていない。

* 『NHK』読むらじる(=「鉄旅・音旅 出発進行!~音で楽しむ鉄道旅~」2021年3月8日放送分) "【東日本大震災から10年】被災地へ走った“前例なき”緊急石油貨物列車。鉄道マンたちの挑戦(前編) (後編)"

 『リニア中央新幹線が日本を変える本当の理由』を書いた市川宏雄さんが、2014年9月3日に豊丘村で講演をしました。その時、伊那谷としてはリニアについて何に期待したらよいかということについて、リニアは物流はダメなのでモノづくりには関係ない、観光しかないと、いっていたのを思い出しました。

 つまり「JR東海・リニア建設部」は『二重系化』が必要というけれど、その理由がない。

 参考として、東京・新大阪間を東海道新幹線なら、2時間30分、料金は13870円。北陸新幹線を利用すると、金沢で1回乗換で、5時間35分、料金が18450円。東京・名古屋間なら、東海道新幹線で1時間39分、10560円。中央本線利用で5時間1分、11350円。利用者のたちばからみれば、すでに旅客の代替ルートはあります。

時間短縮による経済効果

 先に説明のとおり、1976~1982年にかけての新幹線の改修工事で、「新幹線」は、社会や経済にとって、なければないで、何とかなる程度のものだったのだということは分かっていたのです。そして、これまで世界中で経済活動が活発な地域、活発だった地域でも、高速鉄道網が初めから完備していた所などほとんどなかったわけです。世界銀行からお金を借りて作った新幹線(*)。高度経済成長があったので、どうにか採算が採れたというのが実態だったのではないかと個人的には思います。物を運ばない高速旅客鉄道は社会の中で、経済的に価値を生むとすれば、ほとんど観光と高速列車の車体を作る鉄道車両製造。その業種が経済全体のなかで占める比重はそれほど高くないし、観光だって新幹線がなければというものじゃない。新幹線沿線以外に住んでいる多くの人は遠方への観光はバスツアーのほうが多いはずです。新幹線の沿線にない、飯田の元善光寺にだって東京や名古屋、大阪からだって観光バスが来ています。

* 日本が世界銀行からの貸し出しを受けた 31プロジェクト : 「日本国有鉄道 東海道新幹線 鉄道技術の粋を集めた「夢の超特急」プロジェクト」。「東海道地域は日本を代表する工業地帯です。ところが、当時は需要の伸びに輸送能力が追いつかず、地域の経済発展そのものが危ぶまれる状況がつづいていました。幹線道路は慢性的に渋滞し、東海道本線はパンク寸前の状態にありました。」と説明しています。経済がすでに活発になっていたので輸送能力が追いつかない状態が起きていたんですから、新幹線があったから経済成長が達成できたとはいいにくいと思います。『日経』の "日本を変えた新幹線 〜ビジュアルで振り返る半世紀〜:第3章 乗客数は景気指標" には「新幹線の旅客需要は景気の波に左右されやすく、他の景気指標と強い相関関係があると言われてきた。」と景気の動きが先にあってそれを示す指標だということであれば、新幹線で経済が良くなったという関係はないはず。

 コロナの感染拡大で新幹線は大幅に利用者が減りました。コロナで経済が悪くなったので減ったのではなくて、感染拡大を恐れ、人々の移動が減ったからです。

 そして、会議は直接会わずにネットを通じてもできるということが分かって、ズームなど利用した会議とか講演会なども一気に普及したと思います。経済学者の野口悠紀雄さんはそれだけじゃなくて、ネットを利用すれば、「営業エリアを拡大できるし、商談数を増やすこともできる。悪天候や事故などのトラブルも回避できる、さらに、録画記録によって、組織内での情報共有もできる。」(*)とビジネスで新幹線で移動するよりはネットを使ったほうが、もっと良いことがあるといっています。

* 『東洋経済オンライン』2021年4月4日 "JR東日本の「コロナダメージ」がハンパない理由 出張需要が戻らない前提の態勢転換が不可欠だ"

 JR東海さんの回答の3つ目については、東海道新幹線のスピードアップがそれほど必要じゃないと考えれば、東海道新幹線だけでも実現できると思います。

リニアはJR東海の道楽

 JR東海の発足当時から約17年間、社長、会長を務めた須田寛さんは「世界でこれだけリニアに投資できる決断が可能なところは、これまでの段階では日本の東海道地域しかなかった…」(*)と書いています。こんな説明をほかでも何度か聞いたり読んだ記憶があります。東海道新幹線が当初の批判と違って失敗しなかったのは、意地悪く言えば、経済成長があったからこそと考えることも出来る。とすれば、リニアも似たようなもので、現在、日本の京浜、中京、阪神の地域に敷設するなら失敗しない可能性もあるかもしれない程度のことなんじゃないかと思います。

* 『私の鉄道人生"半世紀"』2019年3月、p177

 2013年9月18日、ルート発表時に当時の山田佳臣社長はリニアは新聞記者の「巨額プロジェクトだが、ペイするのか」との質問に「絶対ペイできない。航空機利用者の一部が移ることなどで、十年間で収入が10%増えるという堅い見込みだ。新幹線の収入でリニア建設費を賄って何とかやっていける。」(*)と答えています。しかし、世の中そんなに甘くないことがコロナ禍でわかった。JR東海は計画を実行に移す前に、国は認可する前に、よく検討すれば8年前でも明らかだったことを無視したのだと思います。

* 『中日』2013年9月19日 "巨大都市圏貫く動脈に 難工事 最新技術で突破 JR東海社長 一問一答"

 JR東日本の会長を務めた、山之内秀一郎さんは「赤字経営に悩まされ続けて、ついに分割民営化した国鉄時代の苦い教訓からすると、鉄道事業において、公共事業みたいに巨額の設備投資による借金を抱えつつの経営は企業を倒産に追い込んでしまう」(2000年の発言*)と、そもそも鉄道事業者が手を出すべきものじゃないという意味でしょうか。

* 前間孝則『新幹線を航空機に変えた男たち』さくら舎、2014年、p277

蛇足

 JR東海さんがリニア中央新幹線を紹介するために設けたページ、リニア中央新幹線|JR東海FAQにも必要性とか経済効果などについてでています。脇道にそれますが、完成時期について:

国土交通大臣より工事実施計画の認可を受けた品川・名古屋間は2027年開業を目指して工事を進め、その後、大阪まで実現することとしてきました。しかし、南アルプストンネル静岡工区において、大井川の水資源の影響について、静岡県、流域市町等の理解が得られず、実質的に工事が進捗しない状態が続いており、2027年の開業は難しい状況となっています。当社としては、国土交通省が設置した「リニア中央新幹線静岡工区 有識者会議」に真摯に対応することなどにより、地域の不安を解消し問題の早期解決に努め、静岡工区の早期着工と品川・名古屋間の早期開業に向け、取り組んでいきます。

 2027年が無理だって、いつ書き換えたのかな?

 最高速度については:

リニア中央新幹線の営業最高速度は時速500kmを予定しています。

 って、上海のトランスラピッド(*)と同じになってます。以前は505㎞(**)といっていたと思いますが。

* トランスラピッドはドイツで1980年終わりごろまでに技術的に完成し、2004年から上海の営業路線で走っています。上海では最高速度は430㎞/hですが、車体自体は500km/h運転が可能。超電導リニアよりシンプルなシステムで、カーブに強く路線選定の柔軟性も高いのですが、ドイツ本国では布設されることはなかったし、導入した中国も、世界最長の高速鉄道網は従来の鉄道方式でつくり上げました。さらに、環境問題重視から西欧では高速列車の最高速度は今後250㎞/h程度に抑えられるだろうし、環境意識からの航空機利用離れによって「夜行列車」が注目をされるという状況では、日本以外のたいていの国で高速のリニアモーターカーが活躍できるチャンスはないと思います。

** 2014年に説明会で配布された「環境影響評価書のあらまし」では505km/h。

 トイレの問題。JR東海さんは、車内にトイレはありません。乗車時間が短いので駅で済ませてください。なんていっていません:

現在山梨実験線を走行している車両の編成は、すべてトイレがあります。なお、試乗の際などは、運営の都合上車内のトイレのご利用をご遠慮いただく場合があります。

 少なくとも実験線の試験車両にはトイレがついています。リニアについて疑問がある人は、まずは、JR東海さんがどう説明しているか確認してみた方が良いですね。とくに、リニアを批判する場合には。これもいつ書き加えたのかなという気がします。

* 超伝導磁石の磁力が非常に強力なこと、運行を終わっても超電導磁石は作動しているので、不用意に近づけません。汚物タンクからし尿を取り出す作業についても特別な工夫がいるようです。

少し前のJR東海のFAQ

 ネット上に、ウェイバック・マシン(WaybackMachine) というサイトがあります。このサイトの検索窓に、下記のJR東海のFAQのページのアドレスを入力して検索すると少し前のFAQのページの内容が見れます。

https://linear-chuo-shinkansen.jr-central.co.jp/faq/

 2018年の4月10日03時20分52秒のコピー(キャッシュ)を見ると、「リニア中央新幹線はいつ頃完成する予定ですか。」への回答は:

国土交通大臣より工事実施計画の認可を受けている品川・名古屋間は2027年開業を目指して工事を進めており、その後、大阪市まで実現することとしています。

だけです。「トイレ」については何も出ていません。