更新:2022/01/11、01/18 小見出し変更

風越山トンネルの地上部分の用地交渉の問題点

下黒田東で風越山トンネルの工事説明?

 飯田市上郷下黒田東地区の「まちづくり委員会」の役員に対する「風越山トンネル(上郷工区)」の工事説明会が1月20日に、下黒田東コミュニティー消防センター、19時から行われる予定です。下黒田東地区のまちづくり委員会は組織率は37%で、かならずしも地域住民の全ての意向を代表する組織とはいえません。常任員会は通常8名程度の出席で行われるとのことですが、今回はJR東海から風越山トンネルの工事についての説明がしたいとの申し入れがあって全ての役員24名が出席するそうです。

 この席の説明で、工事の承諾を得たということにするのではないかと見られます。そうなった場合、個別の土地所有者の地下利用についての承諾を「まちづくり委員会」が代行することになりますが、本来効力がないはずです。断りなしに他人の土地の地下にトンネルを掘るという、所有権の侵害が公然と行われることになります。

 飯田市内ではコロナが爆発的に広がる様相。公共施設の利用がすべて停止になっているのですがこの会議については行われる見込み。

 12月に、「深い地下のトンネルでも陥没は起きる」で書いた内容と重複する部分がありますが、風越山トンネル工事の用地交渉の問題点を改めて整理してみました。


[1] 風越山トンネル工事についてJR東海の説明

 2014年12月10日、改築前の上郷公民館で行われた上郷地区に対する事業説明会でJR東海は以下のような説明をしました。

[2] 風越山トンネルの地上部分は主に市街地

 風越山トンネルの工事が行われる上郷黒田地区などの地域は、「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」の適用範囲ではないし、このトンネルに関して、JR東海は国交大臣から「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」の適用の認可は受けていない。

 風越山トンネルの地上部分は、山林部分もありますが、ほとんどは市街地と呼べる地域です。住宅密集地もあり、学校、事業所も農地もあります。また市道もある。

 当初、このトンネルを「トンネル(山岳部)」とJR東海は呼んでいました。明治以来、山岳部のトンネルについては、地上が山林であったので、坑口付近は用地交渉をしても、中間部分の地上部分については用地交渉はしない慣例がありました。たとえば『恵那山トンネル工事誌』にもそういう記述があります。風越山トンネルも山岳部のトンネルについての用地交渉の慣例で工事をやろうとしているのではないかと思います。しかし、いかに山岳地帯の田舎であろうとも風越山トンネルの地上部分は市街地です。

[3-1] 民法の条文

 所有権と土地所有権の範囲については:

(所有権の内容)第206条 所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。
(土地所有権の範囲)第207条 土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ。

 区分地上権については:

[区分地上権](地下又は空間を目的とする地上権)第269条の二 地下又は空間は、工作物を所有するため、上下の範囲を定めて地上権の目的とすることができる。この場合においては、設定行為で、地上権の行使のためにその土地の使用に制限を加えることができる。
2 前項の地上権は、第三者がその土地の使用又は収益をする権利を有する場合においても、その権利又はこれを目的とする権利を有するすべての者の承諾があるときは、設定することができる。この場合において、土地の使用又は収益をする権利を有する者は、その地上権の行使を妨げることができない。

 区分地上権を設定するには、まずは土地所有者の承諾(許可、同意)が必要(前提)。外環道工事でも、浅い部分のトンネルについては「区分地上権設定契約を締結し所要事項を登記」が行われている。

[3-2] 法令の制限

 民法207条の条文で、「法令の制限内において」と書かれている部分については:

(1)他人の土地の地下に対して地下の工事ができるという法令は「大深度地下の公共的使用に関する特別措置」(大深度地下法)だけ。

 公共の利益となる事業では、40mより深い地下または支持基盤場面から10mより深い部分の地下については、国や地方公共団体の許可を得て、土地所有者の承諾を得ずに工事ができる。

 大深度の地下工事では地表に影響がでないという「実はあり得ない」ことが前提になっている点、補償について規定がないなど問題点が多いとの指摘がある。憲法違反との指摘もある(*)。

今回の場合は関係ないけれど、(2)自分の土地であっても以下は規制されている。

 地下何メートル以下なら土地所有者に断らずにトンネルを掘れるという法律は大深度法だけ。また、「30m」という数字の法律的な根拠はない。

風越山トンネルの地上部の用地交渉については:

[4-1] トンネル工事の地上への影響はある

地質や工法や深度(土被り)が違っても地上へ影響が及んだ例はある

○北陸新幹線の高丘トンネル(工期=2001年3月から2007年3月、土被り10~30m)の工事で、中野市安源寺地区で地盤沈下により神社や住宅の戸が閉まらないなどの被害。補償を受けたのは88世帯182棟。この事故について、運輸機構は「トンネル工事で建物に影響が及ぶのは珍しいことではない。」(『産経新聞』2017年6月1日)といっていた。

○北陸新幹線・柿原トンネル(2017年9月8日、福井県あわら市柿原)。トンネル内の崩落で、地上十数メートルのグランドが直径15m、深さ8mの陥没。

○リニア中央アルプストンネル(2019年4月8日、中津川市山口)。山口工区の斜坑掘削中にトンネル内で崩落。地上では直径8m、深さ5mの陥没。土被り約20m。

○小渋線東山トンネル(2017年12月15日、中川村)。小渋線の改良工事の一環の四徳渡トンネル(仮称、現在は東山トンネル)の工事が原因で大鹿側坑口付近の山の斜面が崩落。

[4-2] シールド工法の事故

○調布市の住宅地で外環道のトンネル工事による陥没事故(2020年10月):大深度地下、シールド工法、深さ47m、地盤改良工事のために周辺の40戸が一時立ち退きに。調布市の惨状については、『毎日』2021/4/27 "「新築の家を壊すのか」 調布・道路陥没、住民の仮移転は2年以上か"。

○新横浜トンネル(2020年6月、JR新横浜駅付近の横浜市道環状2号線、相鉄・東急直通線のトンネル、シールド工法、鉄道・運輸機構)。6月12日と30日の2回、道路が陥没。深度は18~19m。

○第1上野トンネル(1990年1月22日、御徒町駅付近の都道453号線が陥没、地下14m、シールド工法)

[4-3] 深い地下のトンネルでも地表に影響がある

○飯山トンネル(2003年9月11日、北陸新幹線)。トンネル内の崩落事故で190m上の地上で直径50m、深さ30mの陥没(**)。

○湖北トンネル(1992年2月14日、下諏訪町国道142号線のバイパス)。トンネル内の異常出水と土砂突出で80m上の地上で直径25m、深さ30mの陥没(**)。

○日暮山トンネル(1999年12月9日、群馬県甘楽郡下仁田町)。トンネル内の土石流で130m上の地上で直径30m、深さ18mの陥没(**)。

[4-4] JR東海による工事前の地上の家屋調査

 調布市の陥没事故や、東京都内のリニアの大深度トンネルについて住民が差し止め訴訟を起こしたことなどの結果と思いますが、大深度法を適用した都市部のトンネル工事について、東京、神奈川、愛知で、JR東海は、事前の家屋調査を実施すると説明しています。

 大深度法は、深い深度のトンネルは地上に影響を及ぼさないということが前提になっているので、事前の家屋調査等は必要ないはずです。ところが、JR東海は家屋調査をすると説明している。JR東海自身がトンネル工事による地上の建物への影響の可能性を認めたということです。

 JR東海は都市部のリニアのトンネル工事について大深度法の適用を受けたのですが、事前に家屋調査を行うということは、大深度法の前提を否定することになります。

 もし風越山トンネルの工事をするなら、事前に家屋調査をすべきです。

 JR東海のホームページの「シールドトンネルにおける安全・安心等の取組みに関する説明会」によれば以下のような説明会が昨年6月から9月にかけて行われました。

○東京都では:

・第一首都圏トンネル(北品川工区)2021年6月8日

・第一首都圏トンネル(小野路工区)2021年9月18日、26日

○神奈川県では:

・第一首都圏トンネル(梶ヶ谷工区・東百合丘工区)2021年8月23日、24日、25日、27日、(中原区)8月23日、(宮前区)8月24日、(麻生区)8月25日、(高津区)8月27日

○愛知県では: ・第一中京圏トンネル(坂下西工区)2021年8月17日 ・第一中京圏トンネル(名城工区)2021年9月16日

それぞれの説明会で家屋調査の範囲地域を示しています。トンネル直上から両側へ約47mの範囲の建物が対象。

 第一中京圏トンネル(坂下西工区)では深度が風越山トンネルとほぼ同じ部分があり、そこでも家屋調査が行われる予定です。

[5] トンネルの安全確保は鉄道事業者の義務

 長崎本線の長崎トンネルは1972年頃に日本鉄道建設公団(鉄建公団)が建設。鉄建公団は1964年に発足、2003年に解散し、その後鉄道建設の業務は独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道運輸機構)に引き継がれました。

 2019年7月、長崎トンネルを走行中の特急列車がトンネルの天井から突き出たボーリング調査の鉄管に接触し車体が破損。

 トンネルの直上では、鉄道運輸機構が長崎新幹線のトンネル工事による減水対策の代替水源を探す調査のためにボーリング調査をしていました。

 事故の原因について、鉄道運輸機構は国土地理院の地図ではトンネルがなかったと説明。自分たちの組織が掘削したトンネルに穴を空けてしまった事になる。これまでトンネル工事が、坑口の間の中間部分の地上部について用地交渉をしてこなかった慣例が原因のひとつでしょう。

 鉄道事業者は、地下のトンネルを走行する列車の安全を確保するためにも、個別の土地所有者ときちんと交渉をして承諾を得て、区分地上権を設定し登記することが必要です。

[6] まとめ

 風越山トンネルの地上部分は住宅が多く大半は市街地と呼べる地域です。そして大深度法の適用されない地域です。したがって、トンネルが30mより深い部分についても、地域の自治組織への説明ではなく、個別の地権者との用地交渉が必要なはずです。区分地上権を設定して登記することは、列車の安全運行のために鉄道事業者として行うべきことです。

* 参考ページ

** 参考ページ

※ 更新履歴:「目次」部分の見出し「[4] 大深度法の前提を否定するJR東海」を 「[4] トンネル工事の地上への影響を認めたJR東海」に変更しました(2022/01/18)