更新:2021/12/31
深い地下のトンネルでも陥没は起きる
市街地の地下の風越山トンネル
調布市の住宅地で外環道のトンネル工事による陥没事故がありました。このトンネル工事は「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法(2000年法律第八十七号)」(大深度法)の適用を国交省から認可されて行われていました。
しかし、この事故があったため、大深度法の前提であるトンネル工事は地上に影響を与えないという条件が崩れたといわれています。国交省は、大深度法は地上の安全をうけあうものではないといっていますが、法律ができる前提がないという批判に対しての答えにはなっていません。
リニアも東京都内で大深度法適用の認可を受けました。したがって、ざっといって地下40mより深い部分のトンネルについては、地上の所有者に、事前に使用する許可を得たり、補償する必要はありません。
大深度法は、地下鉄など地下利用が多く行われている東京、名古屋、大阪などの地域に限って適用されます。だから、少なくとも長野県飯田市は大深度法の適用できる場所ではありません。
30mという数字の根拠は? ない!
ところが、JR東海は、飯田市内の市街地の地下を通過する風越山トンネルについて、地下5mより浅い部分については用地を取得。5mから30mまでは区分地上権を設定する。地下30mより深い部分については、地域全体への工事説明会で説明をして了承を得て工事をするといっています。この地域については、地上部分で中心線測量は行われていませんから、誰の土地の地下を通るのかは正式にはわからない状態です。
結局、大深度地下と同じ扱いになっているのですが、40mではなくて30mという数字が境になっています。しかし、30mという数字の法的な根拠はなさそうです。
トンネルというのは山に掘る場合が多いと思います。その場合、たいてい山の上は山林です。たぶん明治時代、少なくとも戦前に、山にトンネルを掘る場合は、坑口付近だけは用地を買収して、その間は用地交渉はしないという慣例ができていたそうです。それが、今でもそのまま行われています。例えば、中央自動車道の恵那山トンネル(長野・岐阜県境)は、戦後の1967年から工事が始まったのですが、『恵那山トンネル工事誌』(日本道路公団名古屋建設局、1977年)には、坑口付近については土地を買収したけれど、坑口の間の部分は用地交渉をしなかったという記録があります。戦後でも山に掘るトンネルについては坑口付近以外の地上部分については用地交渉をしないことになっているようです。しかし、「民法第207条」がいっている「法令の制限内において」という部分、制限をする「法令」とはどの法律ですかという問題があると思うのです。つまり、山に掘るトンネルの中間部分については土地所有者の許可を得なくてもよいという「法令」はないのではないか。
JR東海は「風越山トンネル」という仮称がつくよりまえには、この部分について「トンネル(山岳部)」と呼んでいました。だから、まったく仮にですが、30mより浅いという意味は、坑口付近ととれば、地域全体への説明で勘弁してねという理屈も通りそうです。JR東海の幹部には東大法学部を卒業された方が多いですから、まさかそんな子供だましの荒っぽいことは考えていることはないだろうと思いますが…どうなのか。
深い地下のトンネルでも陥没は起きる
樫田秀樹さんが『imidas』に書かれた 「外環道陥没から『大深度法』を読み解く」(2021/04/06)では、2ページ目 で、地上から80m(長野県諏訪郡下諏訪町の湖北トンネル)、130m(群馬県甘楽郡下仁田町の日暮山トンネル)、190m(長野・新潟県境の飯山トンネル)というような深さのトンネル工事で地上部分で陥没が起きた事故について、大深度でも地上に影響があり得る可能性の例として上げています。
樫田さんがあげた3つのトンネルの場所の地質は、調布市のそれとはたぶん違うはずで、こういう事故は日本では一般に起きる可能性があると考えるべきなのかも知れません。
風越山トンネルの深さは、一番深いところで120m程度、浅いところで60m程度、平均で70m~80m程度なので、陥没や地盤沈下などが起こる可能性は十分あると思います。しかも地上は市街地です。
そして、工事の方法は、調布市で陥没事故を引き起こしたシールド工法です。
地上部分でトンネルの位置を明らかにする必要性
2019年に長崎本線の長崎トンネル内で特急列車が異物に衝突する事故がありました。ぶつかったのはボーリング調査のパイプでした。
- 『西日本新聞』2019/7/12 "掘削機が特急と接触 長崎トンネルの天井突き破る けが人なし"
- 『朝日デジタル』2021年11月25日 "掘削機がトンネル貫通し特急に接触、容疑の工事関係者を書類送検"
長崎トンネルは、全長6,173mで日本鉄道建設公団が1972年ころ建設。日本鉄道建設公団(鉄建公団)は1964年に発足、2003年に解散し、その鉄道建設事業の業務は独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道運輸機構)に引き継がれました。
長崎トンネルの2019年の事故で、ボーリング調査をしたのは鉄道運輸機構です。長崎トンネルを建設したのは、その前進の鉄建公団です。鉄道運輸機構は長崎トンネルが国土地理院の地図に載っていなかったと事故の原因を説明したそうですが、いくら何でも、自分たちの組織が掘ったトンネルに穴をあけるというのは、新聞記事では神妙な書き方になっているのですが、一般的にいえば、「マヌケ」というやつだと思います。
こういう事故だって起きるのですから、地下にトンネルを安全な状態で保全したいなら、深さに関係なく地上の所有者に、建設の許可をとること、地上での土地の使用についての制限を納得してもらい補償をすること、区分地上権を設定し登記するとは、やるべきことだと思います。
鉄道事業者として列車の安全な運行のためにやるべきことだと思います。
大事なことを忘れていました、風越山トンネルの工事を発注するのは、JR東海ではなくて鉄道運輸機構です。北陸新幹線関連では、中野市で地盤沈下、福井県あわら市で陥没事故、リニアでは、中央アルプストンネルの山口工区で陥没事故をおこした実績があります。中野市の事故では、トンネルを掘れば地上に影響があるのは当たり前と開き直ったようなコメントをしたりしています。
- 『朝日デジタル』2017年9月9日 "グラウンドが深さ8m陥没 福井の新幹線トンネル工事"
- 『産経』2017年6月1日 "北陸新幹線のトンネル工事で周辺住宅180棟超にゆがみや傾き" によれば、
機構は「トンネル工事で建物に影響が及ぶのは珍しいことではない。補償の詳細は住民のプライバシーもあり、明らかにできない」としている。
- 『朝日デジタル』2019年4月9日 "リニアトンネル工事、地上部で陥没確認 坑内に小崩落も"
なお風越山トンネルの工期は65か月、掘削開始は2023年以降と説明されているので、トンネルの掘削完了は、2028年から2029年ころになる見込みです。さらにガイドウェイの設置と試運転に2年必要であれば、開業は2030年以降になるのは確実です(飯田市議会のリニア推進特別委員会)。
関連ページ
外部参考リンク
- 「トンネル保全のための区分地上権設定について (松山信幸)」(web.archive.org のキャッシュ)
- 「外環道陥没から『大深度法』を読み解く(樫田秀樹)」(『imidas』2021年4月6日)
- 「大深度地下法の「生みの親」に聞く立法の真意 外環道陥没で問題化、大深度法でも安全ではない」(『東洋経済オンライン』2021年10月18日)
参考
「民法」は、所有権とか土地の所有権の範囲について次のように定めています。「第1部 所有権の限界」、「第1款(*) 所有権の内容及び範囲」の、「所有権の内容」の内容として:
- 第二百六条 所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。
「土地所有権の範囲」として:
- 第二百七条 土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ。
「憲法」では財産権について次のように定めています。
- 第29条 財産権は、これを侵してはならない。
- ② 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
- ③ 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
*「款」は「法律文や規約などの条項。箇条書き。」(コトバンク)の各項目の頭につける文字。