更新:2022/02/15
「日本」だけがしがみついている
~座談会「リニアはなぜ必要か?」について(1)
超電導リニアはアメリカのアイデア
『文藝春秋』の座談会の97ページに「現在までのリニア開発の経緯」という年表があります。1962年の次はいきなり1977年にとんでいます。
1962年 国鉄で超電導リニアの研究開発開始
1977年 宮崎実験線で走行試験開始
JR東海といっしょに超電導リニアを開発してきた鉄道総合技術研究所の前身は国鉄の鉄道技術研究所です。この鉄道総合技術研究所が2006年に発行した『ここまで来た!超電導リニアモーターカー』の「超電導リニア開発の歴史」(巻頭グラビア6ページ)によると:
1962年 リニアモータ推進浮上式鉄道の研究開発開始
1970年 超電導磁石による誘導反発方式の本格的検討開始
1972年 …
1975年 …
1977年 浮上式鉄道宮崎実験センター開設
さらに、『ここまで来た…』の154ページには、超電導磁石を用いた磁気による浮上・案内の方式は、1966年にアメリカのブルックヘブン国立研究所J.R.パウエルとG.R.ダンビイの二人が米国機械学会に発表…当時の国鉄は、このパウエルとダンビイの方式に着目し、超電導リニアの開発を進めることとした
と書かれています。
つまり『文藝春秋』の97ページ年表の1962年に国鉄が超電導リニアの研究開発を開始したというのは事実と違います。
超電導方式には欠点があった
葛西氏は、1970年頃、ドイツでは「常電導リニア」の開発が行われていましたが、これは「超電導リニア」とは全く別物です。超電導の開発は難しいと見て、常電導に取り組んでいたようです。
といっています。
実際には、ドイツでは、シーメンスとテレフンケン、スイスのブラウン・ボベリの3社が共同で1970年ころから超電導方式の開発に取り組んでいました。ドイツのエルランゲンにあるシーメンスの研究所の敷地に1周約1㎞の円形のテストコースを建設し地上一次方式(長固定子型)と車上一次方式(短固定子型)の2種類の実験車両を走らせていました(Youtube > "SYND 4 11 76 TRIAL OF PROTOTYPE SIEMENS ELECTROMAGNETIC TRAIN IN ERLANGEN")。
一方で、ドイツでは、1960年代終わりから、クラウスマッハイとメッサーシュミット・ベルコウ・ブロムの2社が常電導方式の磁気吸引方式の開発を始めていました(Youtube > "Transrapid History")。
シーメンスなどは、超電導方式の開発過程でわかった経済的、工学的なデメリットから、超電導の開発は止め、常電導方式の開発グループに合流しました。最終的には、シーメンス、ティッセン・クルップ、クラウスマッハイ、メッサーシュミット・ベルコウ・ブロム などがトランスラピッド・インターナショナルという会社をつくりトランスラピッド方式を完成させました。現在、上海で走っているのがトランスラピッドで、2004年から営業運転をしています。
大塚邦夫著『西独トランスラピッドMaglev―世界のリニアモーターカー』(公共投資ジャーナル社、1989年、37ページ)は次のように書いています。
常電導方式が選ばれた理由は、超電導磁石を用いたリニアモーターカーの研究で明らかになった、経済的・技術的デメリットが原因であった。
最近の超電導技術は進歩してきているが、以下のような欠点が解決されていない。
- 渦電流効果によるエネルギー消費が大きい
- 特に低速度で顕著にみられるブレーキ作用で運転条件が不利となる
- 浮上、着地システムや超電導冷却システムのような余分の車上ユニットが必要である
- すべての考えられる運転条件の下で、良好な乗り心地が得られる技術問題が解決されていない
- 乗客および持物に対する高磁場の影響が不明である
当時の結論は1987年に再度見直され、1977年の選択は間違っていなかったことが確認された。
日本でも、日本航空が常電導を選んでいました。日本航空が超電導技術を採用しなかった理由は、ヘリウムの冷却,液化にかなり大きなパワーを必要とするし,また高価なヘリウムの散逸を防ぐことに技術的困難が予想される.その他強力な磁場が人体に及ぼす影響とか,高速における動安定など今後解明せねばならぬ多くの点があると思われる
。一方、常電導の利点として、レールとの間隔がきわめてタイトに保持できるので,リニア・インダクション・モーターと組み合わせれば,モーターのエアギャップの維持が容易である.…大部分がすでに解明され実用化されている技術の応用であり,それゆえに安価でかつ実用化がきわめて容易であること
(「HSSTの開発について」)とされています。こちらは、後に名古屋でリニモとして建設されました。
アメリカでは、1990年頃に、連邦予算が付いて、ノースロップ・グラマン、スタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学が開発に取り掛かりましたが、何らかの成果が出たのかどうか分かりませんが、現在、ワシントンとボルチモア間の超電導リニア計画でJR東海の技術が導入されようとしているのを見る限りは、超電導リニアのアイデアの発祥の地アメリカでは実用化まで進まなかったと見るべきでしょう。これらの研究機関のアイデアについて、トランスラピッドを開発した側は、良好な乗り心地を得るためには、車両とガイドウエー間のギャップを小さくする必要かある。…グラマンもそのほかの開発チームも、我々のようにそのことを発見するだろう。トランスラピッドの方式は正しい。これ以外の方式は欧州では10~20年前に放棄された方式だ
と指摘していました(「北山敏和の鉄道いまむかし」 > "アメリカのリニア")。
リニアモーターカーはモーターです。モーターの回転子(中の回転する部分)と固定子(外側の導線を巻きつけた枠の部分)の「隙間」は狭いほど効率が良くなります。リニアモーターカーではこの「隙間」が「浮上する量」になります。つまり、モータとしては浮上量ができるだけ少ない方が効率が良くなります。超電導リニアは一般に10㎝浮上といわれますが、常電導方式の浮上量の8㎜とか1㎝の方が効率がずっと良いのです。
この隙間をエレクトロニクス技術を使って制御することが、半導体技術の進歩で可能になったので実現できたのが常電導方式です。1960年代に国鉄の技術者たちは半導体技術の進歩について、また隙間の大きさを検出して制御する技術の進歩について見通しがもてなかったのかも知れません(『鉄道ジャーナル』2017年1月、近藤圭一郎「鉄道車両技術のア・ラ・カルト:18回 :超電導磁気浮上方式鉄道」)。
常電導方式は、上海(2004年)、愛知県(2005年)、韓国の仁川(2016年)、北京(2017年)、長沙(2016年)などで営業路線ができています。
ざっとみても、具体的にはこれだけのいきさつがあるのです。葛西氏の 1970年頃、ドイツでは「常電導リニア」の開発が行われていましたが、これは「超電導リニア」とは全く別物です。超電導の開発は難しいと見て、常電導に取り組んでいたようです。
という説明は適切といえるでしょうか。
走行実験も含む研究をしてみて、乗り物に採用する技術として適していないと判断をしたことを、超電導の開発は難しいと見て
とは表現できないはずです。
超電導方式について、ドイツで指摘された欠点や日本航空が指摘していた欠点は、JR東海の超電導リニアでも、そのほとんどすべてについて解決できていません。
編集部はソースの確認が必要
葛西氏は、中国がいまでもJR東海の超電導リニアの技術に興味を持っているとして、つい先日も長春に小規模(路線延長200メートル程度)な実験施設を作り、超電導リニアを研究していると中国国内で報じられています。
といっています(『文藝春秋』96ページ)。
葛西氏はなにかカン違いされているのかも知れませんが、『文藝春秋』編集部はソースを確認すべきだったと思います。
長春の実験施設というのは、実際なんなのでしょうか? 「長春 "超電導" リニア」というキーワードで検索すると、トップに『文藝春秋』の記事が来るのは当然として、それらしいものは出てきません。「長春 リニア」で検索すると、『AFPBB MEWS』2020年12月16日 "新型中低速リニアモーターカー、吉林省長春市でラインオフ" というニュースがでてきました。これは、名古屋のリニモに似た常電導方式(吸引電磁方式、EMS=electromagnetic suspension)です。
JR東海の超電導リニアは約時速150㎞/hでようやく浮上力が十分になります。200mという短い距離で、JR東海と同様の方式(誘導反発方式、EDS= electrodynamic suspension 方式)の実験が出来るとは思えません。国鉄時代の国分寺のテストコースは全長が約500mでした。
中国では、JR東海のような誘導反発方式ではなく、超電導状態に特有の現象を利用した浮上式列車の開発をしばらく前からやっていました。液体ヘリウムではなく液体窒素で冷やせばよい高温超電導物質を使います。それを電線にするのではなくて、かたまり(バルク体)のまま使うもので、超電導状態で起きる「ピン止め効果」を利用しています。特徴としては車体の速度がゼロでも浮上し続けます。2021年1月に中国で高温超電導磁石を使った磁気浮上式鉄道の車両のプロトタイプが完成して公表されたというニュースがありました("中国の高温超電導方式リニア")。この方式なら短いテストコースでも実験ができるでしょう。中国は、同じ超電導状態の利用とはいっても、全く別の方式を研究しているわけです。永久磁石を敷き詰める軌道のコストの問題があると思いますが、構造的には非常にシンプルです。
(補足 2022/02/17):『東洋経済オンライン』2020/07/26 5:10 "中国リニア「時速600km成功」報道のウソと真実"。2020年6月下旬に日本の報道機関に中国のリニアモーターカーが時速600km/hを達成という誤報が出たことがありました(参考)。これが誤報だったと指摘する記事。これを見ても、中国がわざわざ、JR東海のような面倒くさいシステムのリニアモーターカーに本気で取り組もうとしているとは思えないでしょう。それから、『東洋経済オンライン』の執筆者が、葛西氏がいっている長春の試験施設の全長200mという規模からその施設が超電導誘導反発方式の開発用のものとは考えにくいという推察とおなじような見方(空気抵抗を考慮していない車体の形状から、またテストコースの長さから高速走行試験でないだろうという)をしている点にも注目すると良いと思います。
超電導磁石を用いたリニアモーターカーは、日本だけが持つ技術
(『文藝春秋』95ページ) なことは確かですが、高速増殖炉のように、どうにも見込みがないのに日本だけがしがみついている(*)技術といえるのではないかと思います。
* 日本でもリニモは常電導なので、「JR東海だけが」ということになるのですが、自分こそが「日本人」を代表していると考えておられるような葛西氏が「日本だけが持つ技術」といっているので「日本だけがしがみついている技術」としました。まあ、意味上の包含関係では、お断りする必要もないのですが。
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