更新:2022/05/31

トランスラピッド・エムスランド実験線の事故について

 2006年にドイツが開発中だったリニアモーターカー(マグレブ=磁気浮上式鉄道)であるトランスラピッドのエムスランドという場所にある実験線で保守車両と体験乗車中の列車が衝突し死傷者をだした事故がありました。この事故が原因でドイツ国内での敷設が中止になったという人がいますが、ドイツ連邦政府がハンブルグ・ベルリン間のトランスラピッド建設中止を決定したのは2000年だったので、事故後にミュンヘンの空港アクセス路線計画が中止になったことはあったのですが、この事故がドイツ国内での敷設が中止になった主な原因でないことは明らかで、おもな原因はトランスラピッドを開発する事業者の行った需要予測が過大だったことが明らかになったからだと思います。

 それはそれとして。1月にアメリカの首都ワシントンからボルチモア市の間に計画されている超電導リニアに反対している人たちの運動についての報告を聞く機会がありました(参考梨の木ピースアカデミー[コース29] )。そのとき、この事故について死者が9名と話されたかたがいました。これは、死者23人で負傷10名が実際(*)。

* 『BBC』2006年9月22日 "Deadly crash on German monorail"。この事故の記事をまだ掲載している日本の新聞社のHPはないようです。実験線の全長を31.8㎞としているあたりは、『失敗データベース』もこの記事を参照しているように思います。31.5㎞とする場合が多いです。

 死者の数の根拠として、1月29日の記事では、『失敗知識データベース』の「ドイツ、リニア衝突」を紹介したのですが、背景説明を読んでちょっと驚きました(うっかりしてました、笑)。

「トランスラピッド」はドイツ政府が1970年台から、巨額の補助金を投入して実用化を目指す事業であった。本リニアモーターカーは、車両の推進にリニアモーター(車両および軌道側に電磁石を備えて推進するシステム)を使うとともに、浮上にも電磁石磁力の反発力を利用し車輪と軌道面にすきまを作り、走行抵抗を下げる磁気浮上式(Magnetic Lavitation:略してMaglevという)リニアモーターカー…

 「浮上にも電磁石磁力の反発力を利用」は「電磁石の吸引力を利用」が正しいです。このデータベース、他の事故についても、細かいところについて、ちょっとあれと思うような記述もあります。失敗学の畑村洋太郎さんが関係しているページだと思うのですが、このページでは執筆者が磁気浮上式鉄道について基本的な知識があるのかなと思わせます。データベースを組織的に作成するやり方のなかに「失敗」のタネがあるように思います。

 「よもやま話」というところで、JR東海の山梨実験線では「基本的に1本の軌道上には1編成の車両しか走行させないようにしている」と説明して、トランスラピッドの実験線とはやり方が違うと説明しているようにも受け取れます。

 どちらの実験線も軌道上の全ての車両の位置は「運行管制センター」で把握できる仕組み。軌道上に車両がいるときに、トランスラピッドについての説明からは、別の車両の発車を自動的に止める仕組みがなかったことが原因と読み取れるのですが、山梨実験線についての「リニアの運転はすべて運行管制センターで制御されて、基本的に1本の軌道上には1編成の車両しか走行させないようにしている。」という説明がドイツのやりかたとの違いを明確に書いているとは思えません。自動的に発車を停止させる仕組みがあったとしても誤作動する可能性がないとはいえないので、すくなくとも『失敗データベース』の説明では、日本のリニアではドイツのような事故は起きないとはいえないと思います。

 ドイツの事故現場は地上4mの高架線。救助が大変だったと書かれています。リニアの場合は高架線の高さが20mを超える場所があるし、高架線に防音防災フードが設置されているところも多いです。並行して先進坑がある、南アルプスのトンネルの方が逆に安全かもしれません。