更新:2022/07/11
リニアのトンネル残土と長野県
「長野県のやったこと。JR東海と仲良く、
残土谷埋めの危険を県民に隠そうとした工夫の跡が見えます」💮
『信濃毎日新聞』(以下『信毎』)が年始からリニア関連で 【土の声を 「国策民営」リニアの現場から】(*)という連載記事を6月までのせました。認可申請がなされるはるか以前に飯田駅周辺の土地を飯田市が取得したものの無駄になってしまったなど誘致運動に関係する問題、移転の問題、トンネル坑内事故やリニア工事に関連して飯田下伊那で起きていること、そして残土の問題など取り上げていました。この連載は、飯田下伊那ではそうとうに反響があったようです。「国策民営」というコトバからかっての満蒙開拓の経験を思い出された高齢の方もおられました。
* 『信濃毎日新聞』 > 【土の声を「国策民営」リニアの現場から】
この連載の期間中に、残土の処分候補地の谷や沢が長野県が災害の危険性のある箇所として指定をした場所であったのに、長野県もJR東海も残土置場についての住民への説明の中でそのことを説明していなかったと『信毎』は報道しました。
残土の問題に関連して長野県がどんな役割をしてきたか、思いつくところをまとめてみました。
谷埋め残土処分は長野県のアイデア
リニア中央新幹線計画では莫大なトンネル残土が発生しますが、2014年10月17日の工事認可の前に残土の活用先や処分先で確定したものはほとんどありませんでした。したがって環境影響評価の対象となったものもほとんどありませんでした。県内で、工事認可前に確定した残土処分先はありませんでした。環境影響評価書に対する環境大臣意見(*)は残土処分の未解決を厳しく批判し、最大限の対策をしてもリニア計画が与える環境負荷は大きいと指摘。「技術の発展の歴史を俯瞰すれば、環境の保全を内部化しない技術に未来はない」とまでいっていました。
* 環境省 > 報道発表資料 > "中央新幹線(東京都・名古屋市間)に係る環境影響評価書に対する環境大臣意見の提出について(お知らせ)" 。環境省のもともとのURL:https://www.env.go.jp/press/press.php?serial=18248 のページは最近削除されたようです。リニア計画は環境破壊を出しながら継続中なのに「お探しのページは見つかりません」、「サイトマップ」や「国立国会図書館インターネット資料収集保存事業」のサイトで探せでは、環境省の役割を果たしているとは言えません。web.archive.org で探した方がよっぽど簡単でした。
県内で発生するリニアのトンネル残土は974万㎥。JR東海は「活用先」について長野県に情報の提供を求めています。JR東海が長野県に示したと思われる文書(*)によれば、残土(JR東海や長野県などは「発生土」という言葉を使用)については、「まずは自らの新幹線建設事業での造成に最大限活用していく考え」だけれど「本事業として活用する土量は限定される」ので「利用計画が未定の発生土について、他の公共事業、さらには民間事業を含めて、有効活用していただくことで考えています」として、「長野県内における他の公共事業や民間事業での有効活用についての情報収集や斡旋に加え、発生土の受入れ時期や場所、利用土量、優先順位等の具体的な内容についての利用調整窓口を県にお願いしたい」といっていました。つまり、表面上は(文書では)「残土捨て場」は求めてません。
* 2013年3月21日に行われた第4回リニア中央新幹線建設推進飯伊連絡調整会議で配布された資料1-2。
2013年5月と10月、長野県は、県南部の市町村や建設事務所に活用先の情報提供をもとめました(*)。市町村が報告に使うべき書式には、「建設発生土の活用先が見つからない場合、最終的には窪地や谷を埋め立てたりする処分地を確保する必要があります。つきましては、将来処分地として利用できそうな場所がありましたら、記入して下さい」とか「沢や窪地の埋立てが見込まれる場所がありましたら、記入してください」と書かれていました。
* 2013年5月の第一回目の照会、2013年10月の第2回目の照会
また、1回目の照会では、「想定の範囲の回答で構いません。回答によって自治体に責任が生じることもありません」、「自治体内部での検討にとどめていただき、外部への照会や調整は必要ありません」と、また2回目の照会では「埋立地であれば地元の概ねの合意が得られている箇所(地元から要望のある箇所等)について回答してください」といっていました。谷埋め盛土で一番問題になる下流域の集落の住民への配慮がまったく感じられません。
残されている文書によれば、谷や沢へ残土を処分することを明確に文字にしているのは、JR東海ではなく長野県によるものです。しかしJR東海にしても、活用先より処分先に回る残土のほうが多いことは分かっていたはずです。現在、JR東海は処分先について協議中のものを含めると9割のあてがあると説明していますが、確定した残土の量は全体の約3割と長野県に対して説明しています(*)。JR東海がいう、また県の文書にみられる「民間事業での有効活用」とは実は「埋め立て処分」のことだったのです。
* 長野県議会、2022年6月28日、毛利栄子議員の質問への答弁(Yutube 「長野県議会 本会議中継(令和4年6月22日 一般質問⑭ 毛利栄子議員)」)。
「谷」や「沢」は「窪地」なのか
2014年7月に長野県はJR東海に残土処分先の情報を提供しています。具体的な場所、受け入れ量などが不明のままの漠然とした情報が新聞で報道されました(参考)。下の画像は、その元になった長野県が作った文書です。
[ 拡大 ] 「第7回 建設発生土活用に関するワーキンググループ(2015年1月14日)」の配布資料4
赤線をつけた「窪地の埋立て」というのは、実際には谷や沢に埋め立て処分をするという内容です。市町村からの報告をまとめた、「リニア中央新幹線建設工事に関わる建設発生土の活用先調べ (第1回、第2回)」(*)によれば、阿南町は「谷」(約50000㎥、PDF11ページ、第2回では「沢」PDF24ページ)を、下條村が「洞」(100万㎥、PDF12ページ)を報告しています。洞というのは谷や沢の別の呼び方です。阿南町も下條村も新聞に公表されたものは「窪地」にかわっています。
* 「長野県企画部リニア推進振興室長宛、平成25年11月29日、リニア中央新幹線に係る建設発生土の活用先について(回答)、リニア中央新幹線建設発生土活用ワーキンググループメンバー」という文書が、第1回目と第2回目の報告書式の間にある。
「窪地」といえばへこんだ土地の事ですから、伊那谷ではめったにというか、ほとんどない。あったとしても、未舗装の道路のくぼんだ場所ぐらいで、そこに何千何万㎥の土が入るわけはありません。「谷」とか「洞」とか、そこの地形を正確に示すコトバを、長野県が「窪地」という不正確なコトバに置き換えたのは明らかです。飯田市(PDF9ページ)、豊丘村(PDF13ページ)は忖度して自治体からの報告書面で窪地と書いています。
残土置き場の谷は災害危険地区だった
谷は削れてできた(写真はイメージです。富士見町付近を走る高速バスの車窓から撮影。)
そもそも、谷や沢は、われわれが「災害」とよぶ現象によって削れてできた地形ですから、谷や沢に盛土することは自然の摂理に反します。地域の伝承や経験から、住民は谷埋め盛土は危険と感じています。
3月29日『信毎』が阿智村清内路地区のクララ沢と飯田市龍江の清水沢川の残土処分候補地について、長野県が崩壊土砂流出危険地区や土石流危険渓流の指定をしていたのに、残土処分候補地の説明会等の中で長野県もJR東海も、住民にはなにも伝えてこなかったと報道しました(*1)。3月30日に阿智村議会が長野県に抗議文書を送る(*2)と、阿部知事は、4月1日の記者会見で、「『災害対策の観点から常にオープンにしている情報だ』と強調し…その上で『市町村が知らない状況ではないだろう…』」(*3)と述べました。これらの指定がインターネットで公開されていることは事実(*4)です。そして指定がある場合には、県が谷止め堰堤など何らかの対策を講じている場合もあり、少なくとも谷筋の地権者が知らないことはあり得ないと思われます。
*1 『信毎』2022年3月29日 "飯田と阿智の残土置場候補地 「土石流危険」県公表の箇所 専門家 盛り土「好ましくない」"、"候補地「危険」県の説明なく 残土受け入れ判断 重要情報 計画進行 ずさんな現状"
*2 『信毎』2022年3月30日 "残土置場候補地「土石流危険」説明なく 阿智村会 JRと県に抗議 「大変遺憾」文書提出へ"
*3 『信毎』2022年4月2日 "リニア残土置き場候補地の危険性 知事会見やりとり 「阿智村会の抗議 驚いた」"
*4 長野県 > 土砂災害のおそれのある場所 ⇒ 信州くらしのマップ > 防災 > 防災 から「同意する」をクリックして開いたページで表示される地図で調べることができます。やや面倒くさいのと、文字が小さいなど、オープンになっているのですが利用しやすいものではないでしょう。
住民が残土処分を断念させた小園の谷も指定があった
豊丘村の小園地区では、集落から約600mほど上流にある2つの谷筋に合わせて52万㎥の残土を置く計画がありました。小園地区では1961年の三六災害で犠牲者がでたこともあり、住民の反対運動がおきました。住民は署名運動など反対運動を展開。2016年6月、JR東海は処分地として使用することを断念しました。この住民運動の中で配布されたチラシに処分地の位置を示す地図があります。地図(*)には「土石流危険渓流」と書かれ、谷止め堰堤の記号も記入されていました。国土地理院の地図などには書かれていない内容です。住民側がそういう指定を知っていたのです。県が危険渓流と指定して堰堤を入れるなど対策をしていて、近年は川の荒れた様子もない。残土を受け入れると県の指定はなくなり管理の責任は、つまり災害が起きたときの責任は土地所有者にくるので、現状のまま推移した方が良いという声も聞かれました。
* チラシの一部を拡大
「土石流危険渓流」、「治山堰堤」の書き込みがある。
さて、阿智村のクララ沢について、住民は本当に知らなかったのでしょうか。新聞報道などで知る限りでは知らなかったことになっています。クララ沢について関係地区に限定した住民説明会が「非公開」で行われたのが昨年8月です。住民から、クララ沢には災害危険の指定があるのではないかという指摘がなかったのか? JR東海が村のハザードマップに記載はないなどトボケタ説明をしたことがなかったのか? もしかりに、そのようなやり取りがあったとすれば、JR東海が説明会で虚偽の内容を説明したことになりますから、地域住民に丁寧な説明をするよう求めた国交大臣の指示を無視する極めて不適切な行為といえるでしょう。この一つをとっても国交省は認可を取り消すべきでしょう。(補足説明)
豊丘村の小園の事件の翌月、7月13日に県内のリニア沿線の市町村長とJR東海と長野県が飯田市内の長野県合同庁舎で非公開の意見交換会を開催しました。この会合については『信毎』だけが報道(*)していました。「出席者によると、リニア建設工事で出る大量の残土処分などが議題。反対運動が広がる豊丘村で地権者の同意を得るのが困難として同社が村内の候補地での埋め立てを断念したことも踏まえ、自治体がそれぞれ担う役割について現状認識を話し合った」と書いています。いまからおもえば、この会合で、危険地区の指定について表に出さないようにと申し合われたと想像することは難しいことじゃありません。そいうい疑念を晴らすためには、これまで非公開で行われた説明会や会合の会議録が公開されるべきだと思います。
* 『信毎』2016年7月14日 "リニア 課題共有図る 沿線自治体・JR・県 飯田で会合 住民への情報提供求める意見"
とどめは刺すべき
2016年6月21日の豊丘村議会で小園(の源道寺)の残土置場をめぐって、小園地区の住民が結成した「リニア残土NO!小園の会」が提出した請願が不採択になりました。請願の内容は、地震で土砂が流出すれば大きな被害が予想されるので、(1)村は候補として県に報告した3カ所のうち源道寺について取り下げること、(2)JR東海に設計を中止させること、(3)沢の治山防災状況調査の申請を県へ提出すること、というもの。6月13日の議会リニア特別委員会では、JR東海が使用を断念したことを受けて、(1)と(3)について審査して採択となったものの、21日の本会議では賛否同数、議長決済で不採択となりました(*)。
* 『信毎』2016年6月22日23面 "残土処分候補地 報告取り下げ請願 豊丘村会 本会議は不採択"、『南信州』2016年6月22日2面 "豊丘村会 リニア巡る請願不採択 残土置場の候補地で"
新聞は報道しなかったのですが、本会議では滝川利秋議員が、長野県合同庁舎にいって確かめたところ、源道寺の候補地については県に対して報告した文書がないとのことだったという発言をしました。滝川さんは、「議員は正義感をもって住民の代表であることを自覚して判断しなければいけない」といっています。
さて、事実はどうか。県職員も公務員である以上記録は必ず残すはずです(*)。2014年7月11日に長野県の企画振興部リニア推進振興室が、松川町と豊丘村と下條村を訪れて残土処分候補地の情報について聞き取りを行っていました。豊丘村の総務課長とリニア対策室長と面会しています。村側は源道寺について新規に提案するので検討してほしいといっています。文書の綴りには豊丘村から提出されたはずである源道寺の候補地を示す地図もありました。
この文書のコピーを受け取りに長野県合同庁舎にいったとき(*)滝川議員と面会したという「担当者」に、源道地寺の候補地についての文書はないと豊丘村ではいわれているけれどあるじゃないですか、というと滝川さんは誤解しているといいました。確かに、他の多くの市町村は県の用意した書式文書に記入して報告していますが、豊丘村の源道寺は口頭で情報提供をしています。しかし、その記録文書は残っている。取り下げるべき情報提供はあったのです。さて滝川さんは「誤解した」のか「誤解させられた」のか?
* 2016年9月15日
県職員は住民が誤解しないような説明を常に心がける必要があると思いますが、ことリニアに関してはそういう配慮にかけた部分があるように思います。
豊丘村本山の残土置場は想定外の規模
豊丘村の本山(ほんやま)の残土置場計画は2013年に地権者である本山生産森林組合長が豊丘村に対して残土処分地の候補地として名乗りを上げるよう要望したことに始まります。要望書(*)では候補地に至る林道が改良されることが期待されると述べていました。
本山の残土置場は現在残土の搬入が行われています。受け入れ量が130万㎥と県内では最大規模です。本山の処分地は一級河川・虻川の支流サースケボラの上流部のジンガ洞です。虻川本流には2008年にできた日向山ダムという砂防堰堤があります。残土置場の規模をイメージする参考として日向山ダムの容積(計画貯砂量10万㎥)がどれほどのものなのかと思いました。長野県の維持課に電話で尋ねました。応対した職員は、なぜそのようなこと知りたいのですかと聞きました。支流の上流部に130万㎥の残土の置き場の計画があるでしょうというと、彼は「そんなことは想定外です」といいました。虻川の治水の計画ではそのような大規模な谷埋め開発は想定していないという意味だったのでしょう。別の機会に他の人たちからは、県の現場は困惑しているという話も聞きました。リニア残土の処分地について、長野県の担当部署の現場はそうとうに困っていたのではないかと思います。
希少植物の不適切な移植作業を正当化した長野県
移植作業を行った調査会社の車。人物が見下ろしている谷底で作業が行われていた。
本山の処分地には水源涵養保安林の指定があり、残土を置くには指定の解除が必要でした。保安林指定解除申請が出されていなかった2017年4月21日に、JR東海は保安林内で希少植物の移植作業をしました。直接作業を行ったのは復建エンジニアリングという会社でした。たまたま、リニア問題に関心のある住民のグループが現場を目撃しました。住民の指摘のあるまで、長野県の環境部も林務課もこの事実を知りませんでした。長野県は、移植作業は適正なものだけれど、保安林内の作業については、その作業内容が適切か不適切なものかにかかわらず事前に林務課と相談するという慣例に従わなかったとしてJR東海を指導しました。工事ができると決まる前に移植することは環境保全の考え方からは明らかに不適切です。ところが、環境保全の観点で問題はないというのが県環境部の見解です。住民側は、阿部知事と、当時環境省から出向していた中島副知事にあててこの件につき、不適切と「県民ホットライン」を通じて指摘しました。5月26日に阿部知事はJR東海の柘植社長と会談しました。その席上、阿部知事は、「本件を具体例として挙げた上で、環境負荷の低減対策も含め、地元自治体等とも常に情報を共有するとともに、住民に誤解を与えることのないよう、より一層丁寧な説明を行うよう強く求めた」と、県環境部は回答しました。工事決定前の移植作業は環境保全の考えに反するという考え方は決して誤解ではありません。
長野県環境部が環境保全の点からは問題がないという根拠は、JR東海が2017年2月に出した「豊丘村発生土置き場(本山)における環境の調査及び影響検討の結果」(*1)の中に書いていあるからということでした。しかし、2019年8月にJR東海は「豊丘村内発生土置き場(本山)における環境保全について」(*2)出して、その中で「…重要な種が生息・生育する箇所を回避することを前提に検討を実施したが、計画地に生育する表3-15に示す植物の重要な種等を回避することができなかったため、工事前に移植・播種を実施する。なお、センブリ、フトボナギナタコウジュについては、既に移植・播種を実施している」(p47)と書いています。2017年のものは「環境の調査及び影響検討の結果」であって、2019年のものが「環境保全について」の正式な計画という位置づけであることは明らかです。環境部の説明には無理があると思います。
*1 豊丘村発生土置き場(本山)における環境の調査及び影響検討の結果(平成29年(2017年)2月)
*2 豊丘村内 発生土置き場(本山)における環境保全について(令和元年(2019年)8月)
常識的に考えれば、環境を保全するためには、移植作業は、工事ができると確定してから行うべきでした。
残土受け入れ決定を無効とした長野県
不適切な移植作業の行われた翌月の5月3日の事です。『読売新聞』(*)が、本山の候補地の所有者である本山生産森林組合の残土受入れの決定について、組合の規約では総会で決定されるべきなのに、総代会で決定したとして、受入れの決定は「無効」であって、組合員を対象とした総会を開くことを長野県が指導したと伝えました(*)。また、組合設立の1973年以来名簿の更新がされず組合員数も不明で「組織運営上の問題がある」と長野県は指摘しました。県の指導により、また訴訟費用などについて豊丘村の支援も受け、組合の運営の立て直しが始まりました。当時、組合組織の立て直しには10年程度の時間を要するといわれました。結局立て直しはならず、組織を認可地縁団体(2019年4月28日)に変更。不適切な運営が行われていた生産森林組合の組合長がそのまま認可地縁団体の会長となって、再度受け入れの決定(6月9日)を行いました。なお生産森林組合の清算が適正だったかについては疑問が残るとの声もあります。保安林指定の解除が確定したのは2020年12月24日でした。
* 『読売新聞』長野県版 2017年5月3日 "森林組合総代会は「無効」 残土置き場同意了承 県、総会開催を指導"
谷埋め盛り土の安全性を判断できるのか
保安林指定の解除の実質的な検討は長野県林務課が行います。長野県には林地開発ついて、盛り土は標高差が15mまでという規制があり、超える場合には盛土の安定計算を提出させることになっています。保安林指定解除でも同様の手続きが行われます。本山の場合は標高差は約140mに達し、盛土の一番深い場所では50mに達します。住民が組織する「伊那谷残土問題連絡協議会」は京大防災研究所の釜井教授などの教示をうけ、盛土の安定計算は、JR東海が行った二次元解析でなく、現在主流の三次元解析を行うべきと長野県に要望しました。長野県は、本山についてJR東海が出した環境保全計画への助言として三次元解析で住民に説明するよう求めましたが、JR東海は二次元解析で十分と回答しました。つまり、事業者から出された安定計算について長野県にはそれが適切かどうか判断する基準や知識がないといえるのではないか。
判断の先送りがトレンド?
中川村の半の沢の県道59号線の「半の沢橋」は幅が狭く老朽化しています。大鹿村からのリニアのトンネル残土搬出のルート上にあり、住民は、ここがネックになるとずっと指摘してきていました。しかしJR東海は一貫して問題はないと説明してきました。この半の沢の谷にリニア関連の残土を埋め立てて県道を盛り土の上に通すという計画が持ち上がりました。長野県はJR東海から資金提供を受けて、「砂防フロンティア」というコンサルタントに盛土の設計や安全性を検討する専門家の検討委員会を委託しました。検討委員会は盛り土本体の安全対策だけでなく上流に砂防堰堤を設けるべきことなど指摘しました。下流の住民からは土石災害の懸念の声がありましたが、長野県が道路施設として管理するという条件で地権者である中川村は受け入れを決定、現在工事が進んでいます。
JR東海は残土置場については、最初のうちは用地は借りて残土を置いたら返すとの方針を示していました。しかし、住民や地権者の懸念を考慮してか、豊丘村戸中(とちゅう)の下沢(くだっさわ)の残土置場(26万㎥)についてはJR東海が用地を買収しました。本山についてもJR東海が買い取る方向で話し合いが進んでいるようです。阿智村のクララ沢についても、現地視察した専門家の提案もありJR東海に取得させるという話が出てきています。中川村が県に管理させるという案も含め、こういうやり方では、災害が起きた時に誰が被害の復旧や損害賠償の責任を負うかの見通しがつくだけで、災害の危険性がなくせるわけではありません。問題の解決を先送りしたに過ぎません。長野県には県民の安全が第一という視点が欠落しているようです。南信の自治体も、住民も、リニアへの期待があっても、安全を最優先すべきです。残土の盛り土の危険性は、リニアの効用をはるかに上回るデメリットです。残土を谷置かないという判断があって良いはずです。
民間企業であるJR東海がいつまで盛土の管理ができるでしょうか。盛土が崩壊して災害を起こした場合に本当に責任を負うことができるでしょうか。災害復旧は結局は地元自治体や長野県がすることになるでしょう。しかも、盛り土しなかった場合の被害に比べてより大きな被害となる可能性が高い。危険性のある谷は、県が危険性を指定し、適切な防災対策をしていくという現状のやり方が、県財政や、県民の負担の点からみて最適のはずです。
保安林の指定の解除の要件として公益性があるかどうかが検討されます。豊丘村本山の場合は「鉄道用地」であるから公益性があると判断されました。保安林の指定がある場合の公益性と盛り土した場合の公益性を、県の将来の財政負担が増えることはないのかという視点で考えてみると、指定解除はしない方が公益性が高いといえると思います。
6月23日の『信毎』(*)は残土処分地のうち、決定している場所、候補になっている場所の34カ所中19カ所は土砂災害の可能性のある場所と伝えました。候補地のうち災害の危険のあるのは13カ所。地名が知られている3カ所以外がどこなのか、『信毎』の取材にリニア整備推進局は、「JR東海が残土置場決定までの過程で住民に説明するべきだとし、『県からの公表は控える』」と答えています。関係住民とJR東海との間に任せるという態度です。これでは、県民の安全は守れません。
* 『信毎』2022年6月23日 "残土置き場・候補地34カ所中 19カ所は土砂災害の恐れ 伊那谷 うち決定済みも6カ所"。前述の毛利県議の県議会での質疑を報じた記事。
静岡県のリニア対策は手本
そもそも、交通機関の要求する信頼性が実証されていない超電導技術を採用し、建設目的に合理性のないリニア事業は必ず失敗します。
静岡県は大井川の減水問題を「命の水」と捉え、また南アルプスの生態系への影響を巡って静岡県内でのリニア工事の着工を認めていません。以前、南アルプスのトンネル工事の困難と環境保全などを理由に長野県は南アルプスを避けるルートを主張していました(*)。県企業局の大鹿発電所の取水する小河内沢の流量減が予想されます。静岡県と長野県は環境問題で共通点があります。静岡の川勝知事がときおり口にするルート変更はリニア開業への近道かも知れません。この局面で柔軟なアイデアを示せない阿部知事に落胆するばかりです。JR東海や国交省からの一方的な情報に頼ってきたことがいけないのです。リニアに関して住民の命をまもるという地方自治の立場を守っているのは、リニア沿線の1都6県では静岡県だけです。
* 2010年6月4日、交通政策審議会鉄道部会中央新幹線小委員会の第4回会合で当時の村井知事の発言(議事録PDFの10~15ページ)。長野県が提示したスライド。また、『東京新聞』2020年8月30日 "考えるリニア着工 なぜ決まったCルート (上)"、"(中)"、"(下)"
長野県でも現場ではリニア工事について危機感を持っている部署や職員がいるはずです。しかし、県民の安全のために彼らが適切に動けないのはトップが悪いからだと思います。
長野県知事選挙が来月あります。このページの文章は、「リニア新幹線工事の問題点と長野県政について」というテーマでレポートを書くようにあるところ(*)から依頼を受けて書いた草稿をもとに、資料など、また省いた部分を加えたものです。依頼された文字数の約倍の文章量になっています。
* 「信州の教育と自治研究所」が発行した『どうなっているの長野県政 Part.11 県民の立場から阿部県政を検証』(2022年7月17日)、pp24-29。このパンフレットには、浅川ダム、御嶽山噴火事故問題(「序言」)、大北森林組合問題(pp5-61)またそのほか最近の社会情勢や県民生活の状況と阿部県政の姿勢についての報告が掲載されています。
ご飯論法
2022/07/24 補足説明
『阿智民報』(2022年5月)は次のように報じています。
(記事本文)… クララ沢が関係している「崩壊土砂流出危険地区」については平成28年(2016年)7月に林野庁が制定した「山地災害危険地区調査要綱」の中の三項目「山腹崩壊危険地区」「地すべり危険地区」「崩壊土砂流出危険地区」の一つで、該当する箇所で治山事業を行う場合の事前調査の調査項目を示したものです。…
(住民の声) 昨年の8/1に、清内路から出されたリニア工事に伴う要望書への回答説明会を村が開きました。そのひと月前に熱海での土石流があったので住民の関心も高く、沢に残土を置くことへの不安の意見が多数出されていました。私はそれより前のJRの説明会で、「残土置き場の候補地は土砂災害警戒区域に指定されている場所ではないのか」と質問したことがあります。JRは「村のハザードマップで指定された場所ではない」と答えました。熱海の土石流の後の報道で、土砂災害警戒区域に指定されるのは住宅が近い場所だけで、人家に被害が及ぶことが想定されない場合、危険な箇所でも指定されていない場所があることを知りました。村の説明会で私はこのことを指摘したので、村が本気で住民の立場に立って危険性を認識するつもりがあれば調べることができたはずです。県が公開していた情報を村は「知らなかった」と答えたようですが、「知ろうとする努力をしなかった」というのが実際のところだと思います。JRにも村にも不信感しかありませんが、村議会が県に対して抗議文を提出したとのこと、住民の側に立って行動して頂けたことはありがたく思っています。
…
住民側は「ことばづかい」として必ずしも「正確な表現」をするわけではありません。背後に漠然とした不安があるのですから、事業者側や行政は、住民のいおうとしている内容を、より幅広くとらえ、それに応じた回答をするというのが、「丁寧な説明」だと思います。もちろん、質問は3項目まで、再質問は許さないでは、そういう説明は不可能だと思います。
この場合、住民は災害の心配のある場所ではないのかと聞いているわけです。JR東海は「崩壊土砂流出危険地区」の指定のあることを知っていたのですから、「土砂災害警戒区域」の指定はないけれど「崩壊土砂流出危険地区」の指定はあると答えれば良かったはずです。
「なにか危険な場所という指定はないのですか」と質問すれば、「崩壊土砂流出危険地区」の指定があると答えざるを得なかったわけです。ハザードマップについては、なんでこんな危ない感じの場所がのっていないのと思う人は多いはず。つまり、じつは、直接に人家に被害が及ぶ可能性がなくても、土石流や斜面崩壊が起きる可能性のある場所は、多いのです。谷や沢という地形がどうやって形成されたのか考えれば、危険な場所であるからこそ谷や沢が存在するというわけです。住民が危険と思う背後にはそういうことがあるし、それが科学的なとらえかたといえるでしょう。JR東海の回答はご飯論法といえます。
参考
『信濃』2014年7月8日4面
内容がまったく同じ表を掲載、地形も「くぼ地」としている。『南信州』は7月9日の1面。