更新:2023/06/30
ウソも動画でいえば…
Youtube の「ガリレオCh」の "世界最速を実現した日本の超電導リニア| ガリレオX第210回" は、「2019年放送作品」で「7か月前」に掲載された(2023年6月下旬現在)ようです。「ガリレオCh(チャンネル)」は、もとはテレビ(TOKYO MX)で2011年3月まで放送されていた科学ドキュメンタリーで、現在は「ガリレオX」という名前でBSフジで放送されているようです。だから、この「リニア」の回は「ガリレオX」として放送されたものということでしょう。
1分17秒付近に出てくるのはJR東海の技術者(リニア開発本部長・寺井元昭さん)です。
「超電導を輸送機関 乗り物に活用しようと考え出したのは 日本が最初でありまして 今この技術をもっているのは日本だけということになります」
といっています。字幕もでてますね。(ビデオの最後[ 24分45秒 ]でも、寺井さんの同じコメントが出てきます。)
(ブルックヘブン国立研究所のページより)ダンビー(左)パウエル(右)
本当は、超電導磁石を輸送機関に利用しようと最初に考えたのは、核融合などを研究するアメリカのブルックヘブン国立研究所で働いていたパウエルとダンビーという研究者でした。ということで、JR東海のリニア開発本部長さんの発言はウソということになります。
"ブルックヘブン国立研究所について" > "発見の歴史" の、「技術とエネルギー」に、「1968年にブルックヘブンの2人の研究者が、超高速の磁気浮上式輸送機関の原理について特許を取得した。混雑する高速道路にかわる時速300マイルの大量輸送機関として構想され、磁気浮上式鉄道はドイツと日本で積極的に開発されてきた」と書かれています。2人の写真で、ダンビーが手にしている写真は、JR東海がデザインした MLU00X1(実物大模型)です。JR東海の技術畑の方がパウエルやダンビーの功績を知らないはずはないと思います(参考)。
また、ドイツのシーメンス、テレフンケン、スイスのブラウン・ボベリの3社が1970年代前半に超電導方式の開発を手がけていました。しかし、経済的にも技術的にもデメリットがあるといういう理由で、開発を止めました。当時、超電導方式の欠点として指摘された部分が、JR東海のリニアで解決できているかどうかといえば、解決出来ていない。超電導リニアはアメリカのアイデアだったのに、そのアメリカで開発は続かなかった。日本航空も常電導を選択した。
歴史的に、というほどに、国鉄からJR東海のリニアの開発にはずいぶん時間がかかっているんですが、歴史的にみれば、超電導は乗り物に採用するには適切といえない技術だったという見方もできないわけではないのです。
「磁気浮上式鉄道にもさまざまな方式があり,工学的に最適な方式を選定したドイツの『トランスラピッド』と日本の『HSST』は 1990 年代までにほぼ実運用可能な水準に達したが,日本の旧国鉄から JR が引き継いで開発してきた独自方式の『JR リニア』は,そのシステムの複雑さゆえに開発は困難を極め,半世紀という長い時間と多額の研究開発資金を投じて、ようやく実用化の手前の水準にたどり着いたところ」(「エネルギー問題としてのリニア新幹線」『科学』2013年11月号、1290ページ)という評価もあります。
リニアをJR東海といっしょに開発してきた鉄道総合技術研究所が2006年に一般向けに出した『ここまで来た!超電導リニアモーターカー―もう夢ではない。時速500キロの超世界』(交通新聞社)という本には、1997年に同じような解説本『超電導リニアモーターカー―時速500キロで駆け抜けろ!』があります。
どちらの本でも、超電導磁石を乗り物に使うアイデアは、アメリカの J.R.パウエルとG.R.ダンビーが1966年に米国機械学会に発表したものと書いています。また、リニアシンクロナスモーターとの組み合わせも彼らが1969年に発表していると書いています(2006年版はp156、1997年版はp21。この段落はまったく同じです)。
この2冊、すでに絶版で、なかなか目に触れる機会がないと思います。ネットで鉄道総研の情報誌『RRR』の「鉄道技術 来し方行く末 発展の系譜と今後の展望 第103回 浮上式鉄道の浮上案内システム」が読めます。「500㎞/h程度の高速を目指す超高速鉄道の検討において」磁気浮上方式のうち、超電導誘導反発浮上方式と常電導吸引浮上方式から、「超電導誘導反発浮上方式を選択しました」としています。そして「超電導誘導反発方式は、米国のパウエルとダンビーによってその原型が提案され」たものと書いています。さらに、「ヌルフラックス配置方式の原型を提案したのもパウエルとダンビー」、「ヌルフラックス方式の原理を考案したパウエルとダンビーのオリジナルとしての価値は非常に高い」と評価しています。
"鉄道技術 来し方行く末 発展の系譜と今後の展望 第103回 浮上式鉄道の浮上案内システム" (リンクをクリックすると保存先を決めるダイアログが出ます。ダウンロードしてから改めて開いてください。)
超電導方式の欠点
この動画からも超電導方式の欠点がわかる部分があります。
〇[ 5分19秒 ] 超電導磁石が社会ですでに利用されている例としてMRI(磁気共鳴診断装置)がでてきます。5分26秒の画面では何にもないがらんとした部屋の真ん中にMRIが置いてあります。病院の中でもレントゲン撮影などと同じように隔離、制限された場所で使われているのです。強力な磁気は危険だからです。MRIでは患者さん以外の人はそばへ寄せないという対策をとっています。多くの人が乗降りする列車ですから、車体側面に設置された超電導磁石の強力な磁界から乗客を守るため、車両への乗り込みに飛行機のボ―ディングブリッジのような専用の装置[ 21分10秒 ] を用いなければなりません。また、磁界の対策については世界保健機関(ICNIRP)のガイドラインに従って車両の中や駅のホームの中ではガイドラインより磁力を小さくするために磁気シールドを車体や駅の構造の中に取り入れていると説明しています。MRIの場合は、磁力を浴びるリクスと、治療につながる病気の診断に役立つというリスクを上回るメリットがあるので許されるわけです。ただたんに東京まではやく行きたいというメリットと比較すれば危険な超電導磁石の採用のリクスは過大といえます。また、だから、故障した列車に、対向する線路で別の列車を横づけにして乗客を救助するという方法は無理ですね。乗客が隣の列車に移動する時には救援列車の超電導磁石をオフにしないと危険ですが、オフにすると救援列車自身が故障車両になってしまいます。
もし、本当に実現したいなら、「リニア×複線」で計画しているのですが、リニアの信頼性が確立できるまでは、「単線運転のリニア」+「単線運転の新幹線または在来線」にすれば良いと思います。リニア車両が途中で故障しても、電車で救援に行けます。飯田から中津川に行くのが便利になります。行く用事もないけど。トンネルが壊れた時にはダメですが。もちろん安全のためにタブレットを使います。
〇[ 10分45秒 ] 宮崎実験線の時代には線路の下面に浮上コイルが置いてあって、超電導磁石と浮上コイルの反発力で浮いていたが、それでは浮上させるための効率が良くないので山梨実験線では側壁に浮上コイルを設置して全体を持ち上げる方式に変えたと説明しています。これもドイツで欠点として指摘されていたもので、側壁浮上方式にして解決できたように見えるのですが、はたしてそうか?。トランスラピッドは浮上走行で半径1㎞のカーブも曲がれますが、超電導リニアにそういうことができるのかどうかというあたりに関係していると思います。
〇[ 15分15秒 ] 宮崎実験線でしばしば起きたクエンチについて、その原因は、超電導磁石は車両の振動が加わるので、超電導磁石にしっかり固定できていない部分があるとそこで摩擦の熱が発生し超電導コイルの温度が上がってクエンチが起きていたと説明。振動による摩擦熱を抑える改良がされたので、山梨実験線では超電導磁石の不安定さによるクエンチは起きていないといっています。しかし、JRリニアの誘導反発方式では、超電導磁石はガイドウェイに規則正しく並べて取り付けられた浮上案内コイルから常に振動を受けているわけで、超電導コイルの材質が高温超電導物質に変更された場合に、現在のニオブチタン合金のコイルと同様のクエンチに対する性能が発揮できるのかどうか。『読売オンライン』が29日に「JR東海はリニア中央新幹線の技術開発で、液体ヘリウムを使わない『高温超電導磁石』の実用化にメドをつけた」と書いています。3月の出来事を今頃になってという感じですが、3月が締め切りだった「高温超電導磁石の長期耐久性の検証」の期間をもう3年延長したというのが事実。
〇[ 18分35秒 ] 超電導磁石が付けてある台車が連結部にあることについて、台車の部分をナゼナゼしながら、車体全体を滑らかにして空気抵抗を減らすためと説明。しかし、『ここまで来た!超電導リニアモーターカー ― もう夢ではない。時速500キロの超世界』は、連接台車にしたのは「客室床面を下げられることにより車両断面を縮小でき、空気力学現象の緩和が図れる」(p51)からとしているし、台車は車体側面から飛び出しているのですから、空気抵抗が増えるので、車体を平滑化するために可動式のフェアリングを取り付けて空気抵抗を減らしていると説明(p56)しています。単に寺井さんの説明の段取りが悪かっただけなのか、ともかく、論理的な説明じゃないですね。これは超電導リニアの欠点じゃなくて、JR東海さんの説明の仕方に一般的な欠点かも知れません。台車の飛び出している部分はガイドウェイの中なので、車体とガイドウェイの狭い隙間に、突起部があるんですから、空気抵抗や騒音の点で非常に不利だろうなと感じますね。
青い矢印は空気の流れ。リニアは車体の下半分がガイドウェイの中を走行。狭いすき間に台車がとび出しているので空気抵抗が大。騒音も出ます。
〇[ 23分55秒 ] 超電導リニアは災害にも強い技術的特徴があると説明、東大教授の大崎博之さん(超電導工学)は、最高速度よりは台風とか地震とかに対して強いものにできるので超電導を使っていると説明しているんですが、なぜなのかという点について説明がありません。コンクリート製のガイドウェイも地震で変形する可能性があるけれど10㎝浮上なら大丈夫(『超電導リニアモーターカー―時速500キロで駆け抜けろ!』、p96)といわれますが、常電導は1㎝しか浮いていないけれど、常電導は鉄のレールを使っているので、鉄のレールは滑らかに変形するでしょうから、また連続性が保たれると思うので、どちらも同じようなもんじゃないかともいえますね。超電導の10㎝浮上が地震に強いといいきれるのかどうか。
[2023/07/10 補足]
『文藝春秋』が2022年3月に「リニアはなぜ必要か?」という、葛西敬之氏(JR東海名誉会長)、森地茂氏(元国交省超電導磁気浮上式鉄道実用技術評価委員長)、松井孝典氏(南アルプスを未来につなぐ会理事)の鼎談を掲載しました(参考)。リニアの開発の年表が掲載(p97)してあって、「1962年、国鉄で超伝リニアの研究開発開始」と書いてあります。葛西氏は「超電導リニアは日本だけが持つ技術です。日本が超電導リニアの開発に着手して間もない1970年頃、ドイツでは…」。国鉄がアメリカで1967年に発表された超電導磁石を誘導反発方式で使う方式を採用したのは1970年頃ですから、葛西氏の発言は、年表の記述とはすこし違って、間違いではないですが、「日本だけが持つ」というのは、かなり微妙な発言でしょう。
葛西敬之氏は2022年5月25日、松井孝典氏は2023年3月22日に死去。ご存命は森地氏だけです。
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