更新:2024/06/01
リニアを捨てる日本人
5月29日の『朝日新聞』の11面に、神里達博さんが書いた "月刊安心新聞+:川勝氏とリニア、江戸の鉄砲 全ての技術は人類社会のため" という記事がありました。
この記事は電子版は有料記事で本当に冒頭しか読めないので、たいていの図書館なら『朝日新聞』はあるのでそちらで見れると思います。
神里さんは、まず静岡県や川勝氏の姿勢について「地方政府が、中央政府や大企業の方針に疑問を抱いたならば、それを声に出していくのは当然のことだ」といっています。アメリカのワシントンDCとボルティモアの間の超電導リニア(SCマグレブ)計画では、JR東海が関係している計画なんですが、ボルティモア市や、グリーンベルト市などが建設反対を表明しています。アメリカの計画は、アセスメントが準備書段階で停止した2021年8月以降ほとんど何も動きがない状況です。民主主義の原則からいえば、静岡県の姿勢は当たり前のことで、非難される点はないはずで、実は、他の都県の姿勢のほうがおかしいということで、岐阜瑞浪の水枯れなどは、岐阜県や瑞浪市がアセスメント段階できちんと検討しなかったのが原因の一つだといえるでしょう。
この記事について、ネットで話題になっているのは、ノエル・ペリンという人が書いた『鉄砲をすてた日本人』という本を訳したのが川勝平太氏だったということです。ノエル・ペリンは、徳川幕府が鉄砲を直接禁止したわけではないけれど、鉄砲鍛冶を統制するなどして鉄砲の量を減らしたことについて、「人間は、西洋人が想像しているほど受け身のまま自分のつくりだした知識と技術の犠牲になっている存在ではない」といっているそうです。で、上里さんは、川勝氏の「リニアに対する考え方のベースには、この本の影響があるのではないか」と指摘しています。
川勝氏のリニアをめぐる発言、もとは松本のほうを通るはずだったとか、相模原から甲府まで部分開業すればよいなど、ちょっと何いってるのみたいな発言をつなぎ合わせると、そうかもしれない。川勝氏は、推進派とはいいながら、実は、技術的にみてリニアの本質的な問題点が分かっていたんじゃないかという気はしますね。
神里さんは科学史が専門のようです。神里さんは環境問題についてはこれまで方々で書かれているので技術問題に触れたいといっています。
現在、世界中で運行している「磁気浮上式鉄道」は、日本に1つ、中国に4つの路線があるといっています。あれと思いました。韓国の仁川空港そばのが抜けていると。調べてみると、この路線は2023年9月1日で運行を終了していました。「今後、軌道施設に切り替えて運行を再開する予定」と HP に書いてあります。
日本の1つは名古屋のリニモ(運行最高時速100㎞)、中国は上海のトランスラピッド(運行最高時速430㎞)、北京市(運行最高時速80㎞)、長沙市(運行最高時速100㎞)、河北省唐山市(運行最高時速120㎞)。これらは全部、常電導、つまり普通の電磁石をエレクトロニクス技術で制御して8~10mmの高さに浮上させています。JR東海のリニアは10㎝浮上するのですが、車体側の超電導磁石と軌道側の短絡コイルとの間で生じる磁力で浮上させていますから、浮上する高さについてはなんら制御されているわけでなく、車体の重量とかカーブでの遠心力との自然のつり合いで、軌道にそって走る仕組みです。JR東海が磁気バネで支えているといっているように、これはわずかであっても振動をしながら走っているわけで、この点は高速走行ではどうなのかなという気がしないでもないですね。上里さんはこんなことはいっていませんから、念のため。
さて、常電導も超電導と同じように振動しながら軌道に沿って走るんでしょうか? 軌道に対して揺れるということは、左右について言えば、左右のスキマの長さが変化する、上下については浮上している高さが変化するということ。常電導の場合はスキマの大きさをセンサーで測って、スキマの大きさを常に一定に保つという制御をしているんですが、振動しながら軌道に沿って走ることが、あり得るでしょうか?
今の時点で、常電導方式と超電導方式の違いについて、わずかなりとでも触れたことは、科学史の専門家らしい視点だと思います。たとえば、2013年11月の『科学』11月号(岩波書店)に掲載された、「エネルギー問題としてのリニア新幹線」には次のような指摘がサラリとしてあります。
磁気浮上式鉄道にもさまざまな方式があり,工学的に最適な方式を選定したドイツの「トランスラピッド」と日本の「HSST」は 1990 年代までにほぼ実運用可能な水準に達したが,日本の旧国鉄から JR が引き継いで開発してきた独自方式の「JR リニア」は,そのシステムの複雑さゆえに開発は困難を極め,半世紀という長い時間と多額の研究開発資金を投じて,ようやく実用化の手前の水準にたどり着いたところである
当サイトでも指摘してきてますが、神里さんは、希少資源であるヘリウムが必要なこと、クエンチの問題などについて指摘しています。神里さんの指摘は宮崎実験線のレベルのことをいっているようにも受け取れるんですが、高温超伝送磁石の全面的な採用がまだできていないところをみれば、技術の根本的な部分については宮崎実験線段階からそんなに進歩していないのではないかという印象があります。
神里さんは、「24年現在、世界中で営業運転をしている磁気浮上式鉄道は…」といっているんですが、「リニア」とか「リニアモーターカー」とはいっていません。乗り物の種類とすれば、「磁気浮上式鉄道」という呼び方は、ほかの軌道に沿って走る乗り物の中で唯一の特色を示す呼び方です。海外では、マグネチック(磁気を利用した)レビテーション(浮上する)を略して「マグレブ」と呼ぶのが一般的で「リニア」とか「リニアモーターカー」は使わないようです。中国では「磁浮」なのでやはりマグレブです。韓国も日本語訳として「磁気浮上列車」って書いていますね。「リニアモーターカー」と呼べるものには、日本でもう7路線もあるリニア地下鉄(リニアメトロ)というのがあって、こちらは鉄のレールの上を鉄の車輪で走りますから浮上していません。つい使ってしまうんですが、「リニア」とか「リニアモーターカー」とかいうコトバは、「浮かせて走らせる」という基本的な部分の無理と無駄を忘れさせてしまうところがあるんじゃないかと思います。
で、これはもう記事に書いてあることじゃないんですが、仁川空港の磁気浮上式列車は、「今後、軌道施設に切り替えて運行を再開する予定」といっている点。なぜなのか、必要だけれど、従来の鉄道方式のほうが結局経済的にメリットがあるということじゃないかと思いますね。鉄道ならレールはもちろん、車体の部品だって共通するものが世界中で広く使われているわけです。上海のトランスラピッドを採用した路線も、いってみれば部分開業のままもう20年たっても延伸もできていないし、急速に発達した中国の高速鉄道網は従来の鉄道方式を採用しています。中国の高速鉄道網の発展は上海のトランスラピッド開業よりあとのことです。
超電導方式より「工学的に最適な方式を選定」したはずの常電導方式でも鉄道と比べるとやっぱり劣るとすれば、鉄道との違いは、やっぱり、浮かせて走らせるというところに問題があるのです(参考)。
EoF