JR東海が中心測量を開始
4月30日、JR東海は飯田市座光寺で中心線測量を始めました。
正午少し過ぎからJR東海と測量会社の社員達が車で集まってきました。
12時25分撮影。背景は阿島橋。黒塗りの車に黒服。なにか怪しい雰囲気。
測量と杭打ちが行われた場所です。大きな建物は笠原工業。堤防の上、右端のほうに黄色の三脚が見えます。
13時05分撮影。
右に見えている三脚。三脚の中央の真下の赤丸内に注目。
13時12分撮影。
三脚の真下を拡大。「25-2」と書かれた左にピンが打ってあります。
三脚はもう一基ありました。後で確かめると足元のアスファルトにピンが打ってあって「25-1」と書いてありました(写真)。
13時07分撮影。
報道関係者を乗せたマイクロバスが現場に到着しました。
13時25分撮影。
報道関係者へ説明をしています。近づけないので何を言ってるのかは分かりませんでした。
13時27分撮影。
1本目の杭の位置を決めています。
13時34分撮影。
1本目の杭を打ち込んでいます。
13時35分撮影。
この写真を撮っているときに、報道関係者かとJR東海の一人の社員に聞かれました。一般には公開していないというので、この場所は、堤防の上ですから、河川敷と同様にだれもが自由に立ち入れる場所だといってやりました。他の社員が割り込んできて、(報道関係者や作業者の)邪魔にならなければかまわないといいました。当たり前です。
2本目の杭は果樹園の敷地の中でした。赤丸のなかに「カケヤ」の頭が見えます。
13時38分撮影。
3本目を決める前に、位置をどうやって決めるのか説明を受けているようでした。
13時40分撮影。
上の写真の左方向(南)の三脚です。
13時42分撮影。こんなふうに黒服のJR東海の社員がなんとなく現場を取り囲んでいるわけです。これより先へ入るのはちょっと度胸がいります。もっとも、現場の大半はおそらく私有地?ですが(地主さんは来ていないような感じでした)。背後の廃墟は松川建材の跡地。最近JR東海がはじめたボーリング調査地点が見えています。
3本目の位置を決めています。
13時43分撮影。
3本目は起点の品川からの距離を示す標識です。「中央新幹線 品川起点178K030M JR東海」と書いてあります。
13時46分撮影。
4本目。
こんな感じに黒服さんたちが立っているわけです。一般人は撮影している私と通行人の2人だけでした。
13時52分撮影。
5本目。本日の作業はこれまで。
13時53分撮影。
最後に古谷工事事務所長(白いヘルメット)の話を聞く報道関係者たち。
14時00分撮影。
測量屋さんたち。左のセーフティーコーンの上にもう一つの測量器が見えています。
14時10分撮影。
関係者の車。
14時16分撮影。
県職員も来ていました(マイクロバスの後方の2台の車で来ました)。
14時28分撮影。
報道関係者が引き上げました。
14時33分撮影。
まだ粘っているテレビ局はどこかな? 一部の報道関係者は自分達の車で来ていました。
14時56分撮影。
最後まで居たJR社員が引き上げました。
15時41分撮影。
さてここで問題。報道関係者は直接に測量作業の全体を取材できたでしょうか。3番目の13時12分撮影の三脚の写真では既に地面にピンが打ってあります。報道関係者が現場に到着したのは13時25分です。
なんとなく先細り的な感じの組写真になってしまいました。
関連ページ
(2015/05/01)
補足
(1) 5月1日の『朝日』、『中日』、『信毎』、『南信州』が記事を載せています。だいたい同じような内容ですが、『朝日』が3点重要なことを書いています。1.飯田、喬木、豊丘の範囲で一部の地権者が中心線測量のための立ち入りを許可していないこと。2.中心線を決め、用地の範囲を割り出して、用地取得の交渉先を特定するという段取りがあるということ。3.中心線測量はルート上にある6市町村のうち阿智村を除く5市町村が実施対象。
(2) 問題の答えのようなもの:作業を見ていると2箇所に置かれた三脚(測量器)を頼りに中心線の位置を決めているように見えました。だとすると三脚の位置が地表の座標上のどこになるのかというのはどうやって割り出したのかという疑問がわきませんか?。1日付の新聞記事にはそのあたりの説明が無いです。
(2015/05/01)
(補足 2015/12/03) 4月30日に杭打ちされたうち、3から5本目が打たれたのは、飯田市内の材木会社の社有地。