更新:2022/03/07
全幹法に違反するリニア計画
~座談会「リニアはなぜ必要か?」について(5)
「④リニア中央新幹線は日本をどう変えるのか」について。
3人がリニアができるとこういうふうに良くなると語り合っていることは:
- (1)移動時間の大幅な短縮で「世界に類を見ない大回廊都市が生まれる」で経済が良くなるということ、
- (2)大動脈を二重系化することで「国家として」地震をはじめとした災害に強くなるだろうということ、
- (3)航空機にくらべ環境性能が高いので二酸化炭素の排出を減らせること、
だいたいこの3つだと思います。これまでいわれてきたこと以上のものはないようです。これら3点については、以前から批判や反論はいろいろな人たちから出ていますが:
(1) 全幹法に違反
(1)は首都圏、中京圏、阪神地域がメガリージョンを形成して世界経済をリードするといわれるのですが、「新しい資本主義」という言葉を首相が使うように、資本主義そのものが行き詰まって来ているんじゃないかという時代に、結局は太平洋沿岸地帯に経済を集中させるというのは、東京に富を集中させるというのと同じで、なにか時代錯誤の発想のように思えます。天下国家に関連しての理由であれば、中央新幹線の整備計画の優先順位が一番最後になっているはずはない。こういう天下国家に関連しての理由ではなく、JR東海としての理由があって良いはず。
104ページ、森地氏の発言。
…山梨の甲府、長野の飯田、岐阜の中津川など内陸の都市が東京、名古屋、大阪と一体化し、太平洋ベルト地帯を南北に広げた、新しい巨大なベルト地帯を形成します。…
に続く葛西氏の発言。
航空機の場合は発着地点を直結するだけですが、高速鉄道は途中駅にも停車するため回廊地域を統合する効果が極めて高いといえますね。…
森地氏の発言は、これは推進の立場からは普通にいわれることなのですが、もともと、JR東海は、山梨、長野、岐阜の中間駅については、建設費用を地元が負担するよう求めてました。JR東海としては、駅は品川と名古屋しか考えていなかったはずです。森地氏の発言はちょっとおかしいです。
葛西氏は、飛行機と比較して、高速鉄道は途中駅にも停車する
というのですが、つまりリニアも高速列車の仲間であるといっているのですが、「超電導リニア」は特別に大きな都市である東京、名古屋、大阪を直線で結ぶというもの。「高速鉄道」は、「ある程度大きな町や都市」を結んでいくというもので、路線の形は都市の位置によって曲がったりします。「超電導リニア」は「高速鉄道」とは全く別のものです。
「超電導リニア」は航空機に近いものを地上で実現しようとするものといえます。しかし、時速800~900㎞/hの飛行機の約半分の速度で、空港と空港の中間にある空に当たる部分を地上や地下に建設しなくてはなりません。高速鉄道ほどの沿線全体にとっての利便性がなく、飛行機程のスピードもないのに、高速鉄道より大きな建設費用がいる。路線がほとんど直線になってしまうので、山がちな日本ではトンネル部分が86%にもなってしまう。まさに、「オビに短し、タスキに長し」の「無用の長物」、中途半端で役に立たないものだと思います。
2019年2月8日の「ストップ・リニア!訴訟」の第13回口頭弁論のあと行われた報告集会での講演「リニア新幹線:限界技術のリスク」で武蔵野大学工学部教授の阿部修治さんは、飛行機と似ているのに線路が必要で、ネットワークをつくるほどには建設できないので、飛行機と比べてもメリットがなく、輸送機関としてコンセプトに限界があり東京・大阪間以外に開業できる見込みがなく、海外でも採用される見込みはないと話されました。(「ストップ・リニア!訴訟ニュース 第15号」、または『月刊まなぶ』2019年8月号、p17「リニア新幹線:限界技術のリスク」)
JR東海の発足当時から約17年間、社長、会長を務めた須田寛さんも世界でこれだけリニアに投資できる決断が可能なところは、これまでの段階では日本の東海道地域しかなかった…
(『私の鉄道人生"半世紀"』イースト新書Q、2019年3月、p177)といっています。
少し古い話なのですが、儲かりすぎるJR東海の道楽?
などというかたもいます(福井義高著『鉄道は生き残れるか』中央経済社、2012年、p220)。
世界中に広がる可能性のある技術ではないといえます。
日本独特の技術でメガリージョンをつくって日本が世界経済をリードするんだという考えが、はたしてまともな発想なのかどうか?
建設主体、経営主体の指名をする前に国交大臣が諮問した交通政策審議会鉄道部会中央新幹線小委員会の第4回目の会合で長野県は、諏訪を経由して伊那谷を南下するBルートにするよう主張しました。JR東海はBルートについても建設コストや利用者数などについて試算を出していました。距離が若干長くなるので建設コストは少し多いのですが長野県内の利用者数はCルートの約倍と予測されていたはずです。長野県内でも産業や経済活動が盛んな地域を通るからです。しかし、南アルプスをトンネルで通過するCルートになりましたが、一応、Cルートとは別のルートも検討されていたのです。
Aルート | Bルート | Cルート | |
路線の長さ | 486km | 498km | 438km |
所要時間 | 73分 | 74分 | 67分 |
建設費 | 9兆5700億円 | 9兆6800億円 | 9兆300億円 |
輸送需要量 | 396億人キロ | 392億人キロ | 416億人キロ |
長野県内駅乗人員 | 17000人/日 | 8000人/日 |
※建設費には駅設置に伴う費用を含む
交通政策審議会鉄道部会中央新幹線小委員会の第4回会合で長野県がおこなったプレゼンテーション資料より(Aルートは、甲府・茅野・木曽福島・中津川・多治見、Bルートは、甲府・茅野・伊那・飯田・中津川・多治見、Cルートは、甲府・雨畑・飯田・中津川・多治見)。Aルートは中央東線と中央西線のルートと重なります。全幹法の考え方にもっとも忠実なルートだと思います。
リニア中央新幹線の工事認可の根拠とされる「全国新幹線鉄道整備法」では、「新幹線鉄道の路線は、全国的な幹線鉄道網を形成するに足るものであるとともに、全国の中核都市を有機的かつ効率的に連結するもの」とされているので、ほぼ直線しか走れないという技術的な制約からみても、国交省の認可の判断は間違っています。この認可の取り消しを求める裁判が東京地方裁判所で行われています。
(2) 地震に強いとはいえないリニア
(2)はJR東海としての理由になるかと思いますが、地震が来れば、新幹線もリニアも止まってしまうというのが地震学者の指摘だったはず(「リニア中央新幹線は南海トラフ巨大地震と活断層地震で損壊する」石橋克彦、『科学』2020年10月、岩波書店、e0041~e0052)。しかし、「東南海地震のリスクを回避する」という点で、松井氏は山梨や長野の内陸部を通過するリニアのルートは重要といっています。ウィキペディアによれば松井氏の専門は固体地球物理学、惑星物理学、比較惑星学。
南海トラフ地震のような大災害では、東日本大地震のときのように、日本海側の鉄道を利用して物資の輸送をすれば良いわけで、貨物列車も走れる在来線のネットワークのほうがはるかに優れています。旅客に関してだけなら、北陸新幹線があります。一企業として解決しようとしてできる課題ではなく、社会全体として考えるべきことです。
葛西氏は地下の構造物は、地震のときは地盤と一緒に揺れるので破壊が起こりにくい(105ページ)と説明しています。中越地震では、地震でもトンネルは安全とされていたのが、上越新幹線の魚沼トンネルなどで被害がありました(*)。南アルプスのように断層や破砕帯がある場合は安全とはいえません。
* 従来から耐震性に富むと考えられてきたトンネル構造物においても特殊な条件が重なった場合に被害が発生した
(「土木学会 トンネル工学委員会 新潟県中越地震特別小委員会 報告書」(2005年6月))
トンネルは地盤と一緒に揺れるので安全だとしてもとして、例えば、トンネルの出口からすぐに橋梁になっている小渋川(長野)、松川(長野)、早川(山梨)、木曽川(岐阜)なんかは橋の揺れ方とトンネルの揺れ方は違うはずですから、その継ぎ目が危ないはず。そして、これらのトンネルの坑口は断崖にあるので、地震で崖が崩れたりすれば、当然運行できなくなるだろうし、運悪く列車が通りかかったとすれば大事故になって多数の犠牲者が出るはずですが、これらの場所では救助活動が非常に困難だと思います。
なお、余談ですが、松川では、最初の計画では川岸の岸壁から中央ルプストンネルの本坑を掘削する予定でした。しかし、この岸壁が非常にもろいので、数百メートル離れた場所から斜坑を掘るように変更しました。ところが、この部分も地質が弱いので現在工事が難航していて、ここから出る残土をあてにしていた喬木村内のガイドウェイ組立保管ヤードの用地の造成が遅れているなんてことも起きています。
葛西氏は「地震をはじめとした災害に対する国家としての抗堪力」といっています。「抗堪力(こうたんりょく)」は「抗堪性」と同じ意味だそうです。軍事用語らしいです。こういう言葉をつかうのは、この対談を喜んで読んでくれる読者を意識しているからだろうと思います。
10㎝浮上と1㎝浮上
地震の話のついでに、トランスラピッドは1㎝しか浮上しないけれど超電導リニアは10㎝浮上だから地震で軌道の狂いが起きても安心だとかいわれます。また、葛西氏が95ページでいっているように、常電導の1㎝では500㎞/hで安定した走行ができないといわれることもあります。
リニアは10㎝浮上といわれているんですが、では左右のガイドウェイとの隙間、間隔も10㎝なのでしょうか。地震は、タテに揺れるだけじゃないですね。横方向にも揺れます。リニアの左右の隙間は、実は4㎝しかありません(*)。比べるなら、1㎝と4㎝でなければなりませんね。なんで10㎝と1㎝を比べるんですか。
* 「山梨県立リニア見学センター」と「リニア鉄道館」の実験車両の実物展示の、台車とガイドウェイの隙間は7~8㎝程度。ステンレス製(直径30cm)の緊急用車輪が3.5cm飛び出してるので、隙間は4㎝と推測できます。ただし、JR東海は機密事項としているようです。
タテ方向の浮上量は超電導リニアは多分10㎝なんだろうと思います。トランスラピッドは浮上量は1㎝なんですが、最低地上高(ロードクリアランス)は15㎝だそうです。トランスラピッドの実験線のあったドイツのエムスランドあたりの積雪を考えて15㎝にしたそうです。雪道を自動車で走るとき、車体の下に雪が入って走れなくなることがありますが、最低地上高が大きな車のほうが小さな車より雪道には強いです。さて、超電導リニアの最低地上高は何センチなのか?
軌道の中で「磁気バネ」に支えられた超電導リニアの車体は遠心力や乗客の多少によって、ガイドウェイの中で左右、上下にずれます。そのずれる量の最大許容量が4㎝(*)なのです。一方、常電導のトランスラピッドでは、浮上量や左右の隙間を常に1㎝になるように電子回路で制御しています。方式が全く違うのに10㎝と1㎝をそのまま比較してもナンセンスだと思います。
* 鉄道総合技術研究所『ここまで来た!リニアモーターカー』(交通新聞社、2006年、p119)。
ガイドウェイの構造は、超電導リニアはU字型のガイドウエイの中を走るのですが、上下方向については浮きあがらないようにする機械的な構造になっていません。トランスラピッドは軌道を車体が抱え込む構造なので上下左右ともに軌道から外れることはありません。
(3) 環境性能を飛行機と比較しても
(3)環境性能が高いことは国家的視点で見逃せないと葛西氏はいっています(105ページ下段)。飛行機に比べリニアの方がエネルギー効率は高いこと強調していますが、飛行機はリニアの2倍弱のスピードで、軌道を建設する必要はないです。飛行機の利用者がリニアに移れば、飛行機と鉄道利用を合わせて考えると全体で二酸化炭素の排出量を減らすことができるという研究なんかもあるようですが、同じように時速500㎞で運行できるトランスラピッドは、リニアより電力消費が少なく、建設コストも少ないので、リニアは選択肢にならない。
電力消費は、時速300㎞/h で走行する場合、超電導リニア(54※) > トランスラピッド(34※) > 新幹線(28※) の順です。※ 単位は、Wh/座席・km (乗客1名を1㎞運んだ場合の消費電力)
地方ではIRが有望
108から109ページで葛西氏は、…従来の東京を中心としたスプロール型の都市の広がりではなく、都心と同じポテンシャルを持つ「新規開発エリア」が突如、地方に現れることになります。そこに教育や仕事の場、医療を受ける場、老後を過ごす場など、ライフサイクルを一通り満たす機能を持った独立・完結した都市をつくる。そして必要な時にはリニアですぐに東京に行ける、そういった環境ができれば
といっているんですが、それって、東京にいかなくてはならないことはほとんどないことが理想で、各地域の機能を充実させれば良いということなので、たまに出かける東京へ4時間(飯田市の場合)かかっても別に問題ないのではないでしょうか。
109ページで松井氏が、文化活動を維持できる都市のサイズは、最低でも、三十万人と言われますが、そのような中間的なサイズの都市に住んで、リニアで時々大都会に行く、そんな未来が描けます
といっています。
飯田でも、東京へ行って演劇だとか展覧会を見るのに便利になるからリニアに賛成という方もいます。首都圏にあって人口約72万の相模原市は別として、沿線で中間駅のできる飯田市の人口は、山間部まで含めて約10万、中津川市が約8万、甲府市は約19万です。相模原市以外は、松井氏によればもともと文化的な活動に適していないことになります。第一に文化的な活動が人口に関係あるかどうかということもありますね。ちょっと人をバカにしてんじゃないですか。
元経産官僚で慶応大学教授の岸博幸氏が、2013年の12月14日に飯田に来て「リニア未来シンポジウム&特別講演会~IIDA2027~」で講演をしました。このイベントは飯田市がリニア推進の立場で開催したもの。講演のあと、参加した学生のメディアとか文化的な仕事がしたいのだという質問に、東京にはメディアでは大手が既にあるし、実は文化には大したものがない。飯田にはが、ここにしかない文化があるし、ここでしか伝えられないこともあるから、ここでやったほうが絶対成功すると答えていました。
ちょっと視点を変えてみると。基本は自然豊かな地方に住んで「必要な時」ときどき東京へ行くという生活をする人と、ずっと地方だけで暮らしている人、地方でそういう二つの住民のグループの色分けができる可能性があるということでもあるわけです。それは、おそらく所得階層の違いでもあるはずです。そういうことは既に一部ではあると思います。
リニア新幹線の効用を説明するのは、ないものをあるというのですから、なかなか難しいことなのだろうと思います。
北部事務組合主催の地域活性化講演会(2014年9月3日)で『リニアが日本を改造する本当の理由 』の著者の市川宏雄さんが講演したとき、市川さんは、稼ぎ頭の東京が一番大事で地方は常に東京に目を向けておればなんとかなる、リニアは物流には役立たないのでモノづくり的な産業には関係なくて、あるとすれば都会の人々の気を引くような観光だけだだが、伊那谷には現状ではそういものはないといっていました。
おなじ北部事務組合主催の地域活性化講演会(2018年10月11日)で、講師の三菱UFJリサーチ&コンサルティングの加藤義人氏は、コンベンションもアリーナも飯田では見込みはないようなことを結局話したんですが、もし可能性があるとすれば統合リゾート(IR)だといっていました。
これら2人の話からは、リニアが来れば、なにか良いことがあると思うのは幻想であって、地方が期待して色々するのはバクチにつぎ込むようなものなのかも知れません。
昨年の8月下旬の世論調査の結果では長野県内でリニアに期待する人は約3割、期待しない人は7割でした。負けることが分かっていて始めた大東亜戦争(太平洋戦争)と同じで、いまや、誰がリニア計画を止めると言うべきかという段階にあると思います。
アメリカ東部の計画も上手くいっていない
106ページで葛西氏は 日本でリニア中央新幹線が開業し、超電導リニアが走っている姿を目の当たりにすれば、アメリカ人のなかでも必ず「あれをやろう!」という声が挙がるはず
といっています。JR東海は山梨実験線にケネディ大使とかアメリカの要人を招待して試乗させてアピールしてきました。
将来はワシントンDCとニューヨーク間を結ぶ予定のある、ワシントンDCとボルチモア間の超電導リニア計画は環境影響評価の段階にあります。最近、日本ではニュースに取り上げられることはほとんどなかったのですが、実はアメリカのリニア計画は思うように進んでいません。路線の一部について用地の確保に失敗したり、環境影響評価書案に対する意見書では、ボルチモア市が建設中止を勧告するなど、否定的な意見が自治体や政府機関からも出ている状況で、連邦鉄道局は環境影響評価の作業を昨年8月に停止しました。
だから、日本で開業できれば、アメリカ人も欲しがるに違いないというのが葛西氏の発言なのでしょう。
結局、どっちも上手くいかないということですね。
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