広角レンズの遠近感描写のメカニズム
『雑賀崎沖埋立問題 フォトモンタージュのトリックを検証する』の中で紹介されている、鑑賞距離についての解説の参考とされている小穴純氏の説明の概要は次のとおりです。この5点は自然法則だといっています。小穴純氏(1907〜1985年)は光学、応用光学の研究で知られる物理学者。
(1) 一つの地点(以後、視点)から遠近二つの物体を見ると、遠いものは小さく、近い物は大きく見える。
(2) 「遠い物が小さく、近い物が大きく見える程度」を遠近感とするなら、遠近感の程度は視点が二つの物体に近いほどはなはだしく遠いほど少ない。(これに関連して、自然法則ではないが、人物、馬、自動車など被写体の種類によって最も格好よく見える視点の位置はだいたい決まっている。=『最適視点』)
(3) 一定の視点から異なった焦点距離のレンズで同一目標を撮影した写真は遠近感に関してはすべて同じ性質である。「これらの写真をすべて同一の大きさに引き伸ばし(あるいは縮小し)て比較すれば、物の大きさに関してはまったく等しい写真となる。」
(4) 一定の視点にレンズを置いて撮影してフィルムと同サイズの印画紙に焼き付けた写真(※1)をレンズの焦点距離と同じだけ離して鑑賞するか、同じような条件になるような方法をとって鑑賞した場合には、視点から目で見たときと同じ遠近感が、したがって最も自然な遠近感が得られる。
(5) ある密着写真とこれを見る目との間隔が、撮影レンズの焦点距離よりも大であれば遠近感の誇張を感じるし、反対に小さければ遠近感が不足して平板な印象を受ける。(引き伸ばし、あるいはルーペを使用する場合も、(4)の条件で行えばよい)
小穴氏は短焦点レンズ≒広角レンズについて次のようにいっています。
・・・いかなるレンズも不正直な遠近感描写をするものではない。もし写真を見て不自然な感じを受けるとすれば、それはその写真を見る目の位置が不適当なためであり、レンズの罪ではないことがわかります。
引き伸ばしの普及しなかった時代の小型カメラのユーザーが、少しでも大きな像を得ようと思ったら、どうしても条件2の最適視点を超えて人物に近づかなければなりませんでした。こうした写真も4の方法で眺めるならば、多少格好は悪くても自然には見えるはずですが、これを肉眼で明視の距離(※2)以上から見たならば、それこそ条件5にあるように遠近感が誇張されたという印象を受けるでしょう。ですから、短焦点レンズの罪に関する迷信は、多分このような事実がもとになっていると思います(もちろん、この遠近感の誇張を作画意図に反映させられるのが、短焦点レンズ、つまり広角レンズの大きなメリットであり使いこなしのポイントになっているのはいうまでもありません)。
出典: 『アサヒカメラ 1993年12月増刊 郷愁のアンティークカメラ 3 レンズ編』、p188-p189、「短焦点レンズは不自然か」。もともとは『アサヒカメラ』の1951年2月号の読者の質問欄かなにかに掲載されていたものを1993年に「レンズ雑学事典」として再掲載したもの。
引用者注
※1 ネガと印画紙を直接重ねるので密着焼きとか密着写真といいます。第二次世界大戦頃まではブローニー(120)フィルムとかベスト(127)フィルムというものが盛んに使われていました。ネガのおよその大きさは、ブローニーが、6cm × 9cm、6cm × 6cm、4.5cm × 6cm、ベストが 4cm × 6.5cm で密着焼きする場合がありました。どうにか見れる大きさといえます。
※2 明視距離とは、「目が疲れずに物体をはっきり見つづけることのできる、目と物体との距離。(goo辞書)」で、便宜上25cmと定められている。
私が広角レンズの特質といっているのは最後の引用のカッコ内のことですが、正確にいえばこういう理屈があるということです。
準備書の景観予測の部分はA4判での印刷を前提としていますから写真の大きさは81mm×108mmです。35mm判換算28mmレンズで撮影されたものとすれば、適切な鑑賞距離は、108 ÷ 35.5 = 3.0422535 で約3ですから 28×3=84mm です。あるいは主要な眺望点で使用されたと推測される35mm判換算40mmレンズとしても120mmです。そんな短い距離で見ることはまずないはずで、大体25cmから30cmは離してみると思います。これは小穴氏の説明のとおりのことで、遠近感は誇張されているわけです。したがって写真の鑑賞の原理として、この場合は圧迫感というようなものの表現は不可能なのです。
もう一つ付け加えると、準備書に使われた写真を部分拡大して印象が違うでしょと説明している私のやり方は、(3)の法則にてらして決して間違った方法ではないこともわかると思います。(【分解】喬木村阿島県道18号線の景観、【分解】県道251号線の景観、【分解】 豊丘村・小園こども広場からの景観、阿島北コミュニティー消防センターからの景観)
(2014/01/17)
(補足 2014/05/21) 参考図解
(補足 2015/04/11) 写真は適正な観賞距離で見ると歪みも感じなくなるようです。広角レンズで撮影した集合写真では、たとえば両端の人は太って写ります。そういう歪みも適正な距離で見ると感じなくなるそうです。非常におもしろいページなので紹介します。