更新:2024/06/03

リニアの効果:長野県駅の利用者6800?

高速バスのダイヤ改定

 飯田市(長野県)から東京や名古屋へ行く高速バスのダイヤが4月1日から変わりました。

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 改訂された時刻表で、バスの便数を数えてみると、JR飯田駅前からバスタ新宿間は、上り下りともに17便、JR飯田駅前または上飯田バス停から名古屋までが、上り26便、下りが25便です。

 バスの定員を仮に41(※)として、最大何人を飯田と東京や名古屋の間で運べるか計算して見ました。

※ 高速バスドットコムの「バスタイプご紹介」の「4列のびのび」の総座席数が37~41席となっているので41を使いました。

[1] 東京方面は上下合わせて 1394席

[2] 名古屋方面は上下合わせて 2091席

[3] 名古屋方面でJR飯田駅前からの便(高森町や松川町などから利用できる上伊那発の便)は上下合わせて 861席

 高速バスの運べる人数は、だいたい、2200~3500人程度です。

 現状で、公共交通機関を使う場合の主流は高速バスだと思うので、その最大限が2200~3500人程度なのです。しかも、たとえば、東京へ行く朝の便が満員になることはほとんなく2号車まで出ることはほとんどないのです。かりに平均の乗車率を東海道新幹線並みの55%とすれば、約1200~1930人。飯田市が主張するリニアの長野県駅の1日の利用者が6800人という数字はあり得ない数字と多くの住民が思っても不思議はないでしょう。

 2015年8月に飯田と名古屋の間を結ぶ高速バスの利用者の累計が40年間で800万人なったというニュースがありました。その時に、東京や名古屋へ行く人の人数を約1600人程度だろうと予測しました。名古線の40年間の利用者の数字をもとにした数値なので雑といえば雑なすうじなんですが…。このころ飯田市は駅前に整備する駐車場の収容台数を750台といっていたので、半数が地元の利用者と考えると約1600という数字は意外にあたっているんじゃないかと思いました。

関連ページ:"「リニアの夢」こそ後付けの建設賛成の理由"、"利用客6,800人は虚妄の数字"

 リニアができたから、東京や名古屋との人の行き来がいきなり4倍以上にも増えるなんてことは、まずあり得ないと思うのが普通だろうと思います。

腰が引けた飯田市のリニア推進

 少し前の長野県内の世論調査では、約7割がリニアに期待していないと回答し、期待するは約3割でしたね。リニアが通る南信でも約33%と。天竜川の橋梁だとか高架部の一部で工事が始まって、期待するという数字が約4割程度まで「改善」したのですが、3月にJR東海が開業は2034年以降になると公表してから、期待するという数字は下がるんじゃないかと思いますね。

 飯田市が独自にコンサルタント会社(一般財団法人 計量計画研究所)に予測を委託したら6950だったか6800より少し多い数字をだしてきました。JR東海は約7000という数字をだしていました。長野県のだした数字が6800だったので、一番少ない数値を選んだと、控えめのことをいっていました。この時点で、飯田市役所のリニア推進はなにか腰の引けた感じのものだったのではないかと思いますね。

2拠点暮らし、移動は急がない

 リニアが出来れば東京へ通勤や通学できるという声があるけれど、定期券はかなり高額になるはず。現在、実際に、首都圏に住んでいて、毎月のうち何日かは下伊那郡内で暮らしているあるかたに聞いた話ですが、行き来には高速バスを利用しているそうです。そのかたは、良い景色を眺めながらゆっくり過ごせる高速バスも良いものだといっていました。リニアは景色なんか見えないでしょと。たとえば、何のために2拠点で生活するのか、現状でもなぜ「できるのか」ということをよくよく考えると、2拠点で生活する人たちにとって、移動の時間の短縮はそれほど意味のあることじゃないだろうと思いますね。

 親の世話をしなきゃならないといった話は、リニアができて飯田と東京のあいだで解決できたとしても、国内のどこでもそれが可能になるわけじゃない。リニアができるっていったって、最短で、あと10年以上はかかるんですよ。そういう問題は、解決の方法が全然ちがうはずで、交通機関の速達性の改善じゃなくて、社会福祉の制度で全国的に解決できる問題だと思います。逆に、リニアのようなものに「うつつをぬかす」社会では福祉の制度の充実がおろそかになってしまうでしょう。

飯田市とちがう予測値もある

 バスの便数と定員から計算した「飯田から名古屋や東京へ運べる人数は最大で 3485人」という数字、「交通モデルを用いたリニア新幹線各駅の乗降客数の予測値」の3418という数字と非常に近い数字です。

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 この資料は、環境省の "環境経済の調査・研究情報" の 「採択 番号5」「地方公共団体における地球温暖化対策実行計画等の実施に伴う環境・経済・社会への影響分析(神戸大学・小池淳司)」の「説明資料2/4 [PDF 3.32MB]」。神奈川、山梨、岐阜がそれぞれ独自と思われる方式で行った予測値と、赤色で示した「交通モデルを用いたリニア新幹線各駅の乗降客数の予測値」との差は、約8%大きい(神奈川)か約28%少ない(岐阜)か、ほぼ同じ(山梨)。長野の数字は2倍も違っていて、かなり怪しいといえると思います。

開業は遠いほど輝いて見え、近づくほど手ごわくなる

 リニア開業を「見据えて」飯田市や南信州広域連合や下伊那北部事務組合は、中央などから識者をよんでイベントや講演会などを何回かやりました。飯田や下伊那にとってリニアの効果で、期待できることはほとんどないというのがそれらの識者の指摘だったと思います。

 約11年前の2013年12月に飯田を訪れた慶応大学大学院の岸博幸教授は次のように語りました(不便というのは人がこない理由にはならない):。

 2014年9月には、下伊那北部事務組合が『リニアが日本を改造する本当の理由』の著者の明治大学専門職大学院長の市川宏雄さんを呼んでいます。市川さんは:

 市川さんは、一方、著書ではリニア沿線では飯田が一番「大化け」する可能性があるともいっています。普通に、常識的に考えるなら、飯田ではリニアの効果は期待できないという意味ですよね。だから、これから、都会の人の気を引くような観光をつくることしかないといっていたと思います。

 2016年9月には、飯田市の龍江公民館が招いた日本総合研究所の藻谷浩介さんは、「『交通の便がよくなれば活性化するという訳ではない。 地産地消を積極的に進め、観光客に特産をアピールして地域に落ちるお金を増やせば、雇用も新たにつくられ若者の増加にもつながる』と述べました。参加した57歳の男性は、『リニアや道路に頼るだけではいけないので、地域のみんなで今後を見つめ直すうえで、参考になった』と話していました」(NHKニュース、9月12日06時36分)。ですが、参加者のリニアについてどう思うかの質問に、リニアの時間短縮効果は素晴らしいものがあるので、大いに期待できるといっていて、あれはてなと思いました。この会には、飯田市長の牧野さんも出席しており、司会者からいきなりコメントをといわれ、藻谷さんと開発銀行で同僚だったことなどについて話されたんですが、講演の内容についてはなにもいいませんでした("藻谷浩介氏の講演会")。

 2017年1月には建築家の隈研吾さんが「リニア中央新幹線を地域振興に活かす伊那谷自治体会議」の招きで飯田市の中央公民館で講演をしていました。20世紀は鉄とコンクリートの大きな建物の時代だったけれど、21世紀は地域の文化の時代であり、地域づくりでは「歩く楽しさ」と「自然が近くに感じられる」ことが重要で、その点で飯田は有利だと話されましたが、それは飯田の現状について話されたのだろうと思いますね。リニアは「鉄とコンクリートの大きな建物の時代」のものだと思います("「歩く楽しさ」の時代 ― 隈研吾さん講演ほか")。

 2017年5月には、建築史家の陣内秀信さんが南信州広域連合主催の景観講演会「イタリアにおける地域の新しい試み」で講演をしました。「スロー」という言葉を何度も使いながら「景観」の意味するものについて話されました。イタリアでは、町の外に広がる田園地域も含めた全部の領域をテッリトーリオと呼び、町は周辺の田園地帯、農業地域、漁業に支えられていることが再認識されているという話("2017年5月20日")。

 2018年3月には、「リニア中央新幹線の活用を考える上伊那地域連絡会」と県上伊那地域振興局の主催で、リニアをテーマにしたシンポジウムがあって、慶応大学の岸博幸教授が講演をしています。『長野日報』によれば、岸教授は、「地方の新幹線駅のほとんどが通過点になっている現状に触れ、『新幹線が通って地域が良くなることはない』と断言。企業誘致や観光誘客など、単なる『来てくれ、来てくれ』の戦略では失敗に終わる」と語っています("上伊那でも同じことを・・・")。

 2018年3月には、飯田市勤労者福祉センターで「豊かさとは何か ~住民目線で『リニア中央新新幹線』を考える~」というテーマで藻谷康介さんが講演をしましたが、参加者の質問に答えて、新幹線や新幹線の駅を誘致しようとしている地域での講演では、新幹線が早くできた方がいいですよと話しているけれど、そのこころは、交通の便が良く成れば地域が活性するといっている人たちが、現在地域活性化ができないことの言い訳が出来なくなるようにということだそうです("天地の公道に基くべし、万機公論に決すべし")。

 2018年10月に、下伊那北部事業組合が呼んだ、三菱UFJリサーチ&コンサルティング政策研究事業部主席研究員の加藤義人さんは、リニアを見据えて建設する案が出ているアリーナとコンベンションについて、アリーナは有望だけれどコンベンションは中小規模のものにして、小さく産んで大きく育てるのが良いなどと話しました。結局、なにか新たにつくるならIR(統合リゾート施設)が一番有望じゃないかといっていました。いずれにしても、リニアの輸送能力がそれらの施設で開かれるイベントに集まる人を運び切れるのかという会場からの質問にたいして講師から的確な回答はなかったと思います("こっちも、あっちも、三菱")。

 2021年3月には、下伊那北部5町村主催「リニア時代を見据えた北部5町村の地域づくり」というイベントがあって、青森大学教授の櫛引素夫さんが「リニア中央新幹線と地域経営~7年後への視点と工程表~」というテーマで基調講演をしました。「開業は遠いほど輝いて見え、近づくほど手ごわくなる」と、まさに、2034年かそれ以降の開業が明らかになったいま、沿線自治体の今の混乱を見透かしたようなことをいってました("期待は抽象的、被害は具体的")。

 2021年3月には、飯田信用金庫主催の第51回しんきん経済講演会「日本経済の明日を読む!!―地域に産業と雇用を作り出す」で経済学者の金子勝さんがで講演して、これからの産業構造は「集中・メインフレーム型」から「地域分散・ネットワーク型」にしていくべきで、飯田下伊那の飯田下伊那診療情報連携システムは注目されるなどと話されました。金子さんは、ラジオ番組なんかでもこれからの社会経済にリニアみたいな「集中・メインフレーム型」のものはいらないと常々いっています。参加者のリニアに関しての質問を恐れたのか、本当なのか、分からないですが、金子さんの帰りの電車の時間の都合で質問時間はありませんでした。

 今年(2024年)5月には、八十二銀行の飯田駅前支店の取引先の後援会の総会で立教大の武者忠彦教授が講演して、「データから『高速輸送技術の発達は大都市の一人勝ちをもたらす』」、「『時代や立地を考えると、飯田が佐久の開発を再現するのは困難』」、「『リニア駅とその周辺に都市機能として過大な期待を寄せるのは禁物で、既存市街地の魅力を高めることに注力すること』」(『南信州』5月21日7面)などと指摘しています。

 地域づくりについて、識者はリニアはまあ役に立たない、そして、今あるものを活かして行くべきだといっていると思うのですが、地元の識者というべき人たちも、似たような指摘はしてきていますが、リニアのために、特に飯田市なんかは、今あるいいものを随分壊してしまったと思います。地元の方は散らかしただけで、そのままで済ませるようなことは困るといっています。とはいっても、リニア計画が完成する見込みはほとんど絶望的。どうしたらいいのでしょうか?

 静岡県は駅ができないので、東海道新幹線の県内駅の停車本数が増えるかもしれないといった期待がある程度のことなんですが、逆に、大井川の水資源への悪影響のほうが心配です。長野県だって、利用者数に期待できる部分はほとんどできないので、むしろ、静岡県と同じように環境への心配を前面にだしてリニア計画には慎重に取り組むべきだったと思います。

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