35mm のつもりが 28mm ?
(要約) JR東海は長野県の環境影響評価準備書の景観予測に用いたフォトモンタージュの写真は35mmレンズを使用したと説明していますが、実際にはそれらの写真のほとんどは28mmレンズでなければ撮影できないものと確認できました。JR東海の環境保全の担当者は方針は理解していても、予測作業の実際の現場の作業過程をきちんと把握していないといえます。
3月20日にJR東海に出された長野県知事の環境影響評価準備書に対する意見には次のように書かれています。
準備書において景観の予測に用いたフォトモンタージュは、遠方に存在する構造物の詳細が不鮮明であり、予測結果を適切に把握することが困難である。そのため、写真サイズの拡大、人が構造物を注視する際の視野を考慮するなど分かりやすいフォトモンタージュを作成し、予測結果とともに評価書に記載すること。(知事の意見(PDF:403KB)平成26年3月20日通知)
知事意見のもとになっている、環境評価技術委員会の意見はこの点についてまったく同じ内容です(技術委員会意見(PDF:199KB))。
技術委員会とJR東海の間で景観について会議のなかで次のようなやり取りがあったようです。
No.68 景観 亀山(委員長) 第2回追加意見:準備書8-5-1-29~44ページのモンタージュ写真は、いずれも画角が広いためにモンタージュ写真としての臨場感がない。人間の目は特定な物を見るときには注視するので画角はより狭いものとなる。つまり、望遠レンズで見ることになる。そのため、画角を狭くしたモンタージュ写真を示す必要がある。また、写真の印刷画面も、より大きくする必要がある。
(事業者の事後回答) ・自然環境研究センター1996年9月)及び長野県環境影響評価技術指針マニュアル(平成19年8月)に基づき、撮影範囲が人間の視野に近くなるよう35mmの広角レンズを使用しました。
・実際の視覚的印象に近いとされる四つ切サイズの大きさで印刷したフォトモンタージュを資料1-9にお示ししました。(資料1 第5回技術委員会(準備書第2回審議)及び追加提出の意見に対する事業者の見解 (PDF:391KB))
JR東海が回答のなかでいっている「四つ切サイズの大きさで印刷したフォトモンタージュ」(25.4cm×30.5cm)というのは、次のファイル。
- 1-9 フォトモンタージュ(PDF:6,433KB)
PDFですが、準備書よりは解像度が高い画像ファイルになっています。ファイルのプロパティによれば、印刷ページのサイズが16.54インチ×11.69インチ 。余白に対する写真部分の比率は、大体 横 0.87、縦 0.864 で、365.5mm×256.5mm(≒ワイド四つ切) となります。縦横の比率は、約1.43。準備書に比べやや細長になっています。
次は第7回会議のやり取りです。
No.38 景観 亀山 第3回:・65番について、景観に係るフォトモンタージュを35mmの広角レンズで実施されているが、大きな構造物が比較的近いところにある時は広角でよいが、対象がかなり遠くにある場合は、広角だとほとんど見えない大きさになってしまう。人が実際に注視する時には、135mmくらいの望遠レンズほどの視野になる。また、フォトモンタージュが非常に分かりづらいという住民意見もあった。今回の資料1-9で示された写真でようやく分かるようになったので、評価書段階ではこの大きさのフォトモンタージュを示した上で、検討していただきたい。
事業者の説明、見解等要旨:準備書では、他のアセス事例を踏まえたサイズでお示ししましたが、実際に住民の方を含め、臨場感を持って見ていただくという観点で、評価書においては表現の仕方はもう少し考えさせていただきたいと思います。(資料1 第6回技術委員会(準備書第3回審議)及び追加提出の意見に対する事業者の見解 (PDF:287KB))
「何mmレンズ」という表現
CCDとかCMOSといった半導体センサーを用いたデジタルカメラでは、写せる範囲、レンズの画角を説明するためにかってもっとも普及していたフィルム、35mm判に使うレンズを基準にして、「何mm相当」という表現を使っています。たとえばN社のコンパクトカメラでは「焦点距離 4.5-135mm(35mm判換算25-750mm相当の撮影画角)」など。
では、JR東海のいう35mmレンズは、35mm判換算と解釈してよいでしょうか。JR東海が参考にしたという『自然環境アセスメント 技術マニュアル』では、孫引きですが次のように書いているようです。
実際には35mmレンズで撮影した写真(画角-水平視野54度)では四つ切りサイズ(ほぼA4版)に引き伸ばして約30cm程離して見るのが妥当とされている」(フォトモンタージュのトリックを検証する)
「水平視野54度」は35mm判の35mmレンズの画角です。各社の35mmフルサイズデジタル一眼レフ用の交換レンズカタログを見ればそうなっています。もちろん昔の35mm判用カメラ用の交換レンズでも同じです。つまりこの35mmは35mm判換算のことをいっています。ただし、孫引きですから、カッコ内は引用者が補足説明した可能性もあります。
そこで、JR東海は技術委員会に対して新たに四つ切判(25.4cm×30.5cm)の写真を提示したということなので、このマニュアルに沿っているはずです。ある場所から撮影したフィルムと同サイズの印画紙に焼き付けた写真はレンズの焦点距離と同じだけ離して鑑賞するか、同じような条件になるような方法をとって鑑賞した場合には、視点から目で見たときと同じ遠近感が、したがって最も自然な遠近感が得られるという原則がありますから、JR東海のいう35mmとはやはり35mm判換算の35mmレンズを使用したという意味だと思います。35mm判フィルムの縦は約23.5mmですから四つ切は10倍に引き伸ばしています。それを約30cm離して見るなら、300÷35≒8.6倍、35cm離せば10倍ですから、妥当な鑑賞方法といえます。
実はほとんどが28mmレンズで撮影
では、準備書の景観の予測に使われた写真は、本当にJR東海の説明するような35mmレンズを使用して撮影されたものなのか。それをあらためて調べなおした結果は次のとおりです。風越山中腹、虚空蔵山頂、大西公園は調べていません。(各地点名をクリックすると詳細説明のページが開きます。)
35mm判換算の35mmレンズの画角(水平画角が54度)相当のレンズで撮影可能なもの
- 松岡城址(高森町下市田) 35mm
- 高森南小学校(高森町下市田) 35mm
- 林公園(豊丘村) 35mm
- 妙琴原("風越公園" 飯田市) 35mm
(追加 2014/05/10)風越山中腹、虚空蔵山頂を調べてきたので追加します。どちらも35mm相当レンズで撮影可能です。大西公園については準備書、評価書ともにフォトモンタージュがありません。フォトモンタージュのあるものは全部で16ヶ所です。JR東海は長野県の環境評価技術委員会にたいして35mmレンズを使用したと報告していますが、実は約7割が28mmレンズで撮影されたのです。
35mm判換算の28mmレンズの画角(水平画角が65度)相当のレンズでなければ撮影できないもの
- 県道18号線(喬木村阿島) 28mm
- 県道251号線(飯田市座光寺) 28mm
- アルプスの丘公園(喬木村) 28mm
- 北部農免道路(飯田市座光寺) 28mm
- 竜東一貫道路(喬木村) 28mm
- 中河原農業生活改善センター(飯田市座光寺) 28mm
- 小園子供公園(豊丘村) 28mm
- 親水公園(高森町下市田) 28mm
- 月夜平(高森町) 28mm
- 天竜川右岸堤防(飯田市座光寺) 28mm
実はほとんどが28mmレンズで撮影されていたのです。
なお、長野県環境影響評価技術指針マニュアル(平成19年8月 長野県生活部)の14 景観(PDF:233KB) は「35mmフィルムの場合には、35mmから28mmの広角レンズで撮影すると、撮影範囲が人間の視野(約60度のコーン)に近くなる。ただし、このようにして撮影した写真は、概ね四つ切り程度に引き伸ばした時に実際の視覚的印象に近いものとなる。サービスサイズのプリントや縮小版で準備書に記載する場合は、過小な印象を与える可能性があるため、この点を明記する必要がある。また、必要に応じ部分的に引き伸ばす等の工夫を検討する。」とあります。準備書の本編の印刷サイズはA4で画像の大きさは約82mm×約108mmでした(※)。住民はともかくこのサイズで判断しなければならなかったわけです。サービス判の 89mm×127mm よりも小さいです。「過小な印象を与える可能性がある」のに「この点を明記」しなかったことに目をつぶるとすれば、使用レンズが35mmだったのか28mmだったのかについては、事実としてはかろうじて「可」ですが、それでは一流企業として「誠意」が感じられません。
(補足 2014/05/19) ※ パソコンでPDFのフォトモンタージュのページを表示します。パソコン画面にA4印刷用紙を縦長に重ね、文書のページの表示幅が用紙と等しくなるまで拡大します。その状態で定規をあてて計りました。評価書では、約76mm×約108mmです。
なお、同じ広角レンズに区分される28mmと35mmでもその描写の特徴は明かに違います。フィルム時代のコンパクトカメラの焦点距離はたいていは39mmから35mmの間で、28mmというものはほとんどありませんでした。使いごなしがむずかしいからです。その境界線は28mmと35mmの間にあったのです。ズームが一般的になれば、28mmがあれば便利ということで、28mmまでのズームレンズがコンパクトカメラで普通になったのはデジカメ時代になってからだと思います。鑑賞距離についても、10倍に引き伸ばしたプリントを見る場合、35mmレンズと28mmレンズでは7cmの差ができます。
JR東海に、言い訳のアイデアを一つ提供するとすれば、「実は、645判の35mmレンズを使用しました。35mm判に換算するのを失念いたしました」でしょうか。645判では35mmは35mm判の27.5mmに相当します。もう一つ、そう考えると画面の縦横比が 1:1.33 なのに横の画角が28mm相当であるものが多いことの説明もつきます。しかし、事実としてありうることとしては、デジタルコンパクトカメラの広角側で撮影することです。これも縦横比はたいてい、1: 1.33 です。画質的にはこっちの方の可能性が高いと思うのですが・・・。
一流企業のアセスメントとしては、なんともお粗末。事後の回答も、担当者が建前は知っていても実際の作業工程をきちんと把握していないことを垣間見たような気分です。もっと大事な問題についても同じようなことが行われていたと考えると、リニアの事業は中止してもらわなければと思います。数字の改竄ですから、はやりJR、JR北海道と同じことをやっているといわれても仕方ない。
(補足) 撮影位置がわかれば、撮影に使用したレンズの画角(焦点距離)は推測できます。少なくともある焦点距離のレンズでは撮影できないという判断はできるはずです。詳細説明の中で説明していますが、撮影位置を推定する理屈の図解を以下に示します。まず紫色の線について。小学校でならった針穴写真機の原理、「光は直進する」の応用です。針穴も写真レンズも原理的には同じです。前後に重なったものは直線上にあります。写真の中で最低2つの直線が見つかれば交点があるはずです。本当は2つ以上の直線が見つかったほうが良いのですが、一本は元の写真の画面中心とファインダーの中心で代用できる場合もあります。「前後のものの重なりが同じになる」とか「絵柄が同じになる」ということについての理屈です。
赤い線と青い線はレンズの焦点距離のちがいを示しています。紫色の線は影響を受けません。したがって、焦点距離が変わっても撮影位置が同じなら「前後のものの重なり」は同じです。
注意:ファインダー像はもちろん正立正像です。
確認に使った機材は、(1) 撮像素子サイズ APS-C(約22m×14.7mm)、ファインダー視野率 約95%、倍率0.8倍。レンズ 18~55mmズームレンズ(水平画角 64度30分~23度20分)。(2) 撮像素子サイズ 明記なし、レンズ 5~20mm ズーム(35mm判換算 28~112mm) 。特に断りがない写真はトリミングはしていません。