更新:2020/08/24、08/25 一部訂正・加筆

残土の問題ついて

 ジャーナリスト樫田秀樹さんのブログ、2020年8月23日、"リニア、長野県での残土処分、まずは130万立米は決まるか?"。

 まず、数字的なこと、経緯の事実関係を確認すると:

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 本山の残土置場候補地(ジンガ洞)は、天竜川にそそぐ虻川の支流サースケ洞の上流。虻川の災害対策は、支流に100万立米をこえる谷埋め盛土をすることなどは全く想定していません。現場の県の職員も想定外と漏らしています。谷埋め盛土本体の安全性だけでなく、下流域までの総合的な対策が必要な開発行為です。ところがJR東海も地権者の地縁団体も、盛土本体の安全性しか考えてきていませんでした。

 この本山に盛土を行うために必要な保安林指定の解除が適当か適当でないかを審議する長野県森林審議会の保全部会が6月9日に飯田市でありました。『信毎』6月10日2面 "残土 恒久管理誰が" によれば、『信毎』の取材に対して、鈴木保全部会長は、「工事後もJRが盛り土の管理に責任を持つべきだと考えている」…「解除を適切と判断したのは、JRが工事後も管理を行うとの認識が前提だ」…。委員の北原曜信大名誉教授は、「(対策の根拠となるデータを示して)住民にきめ細かく説明してほしい」…「安全性に対する技術的な評価と住民の心配には開きもあるはずだ」 といっています。つまり、置かなければ、これまで県が県の責任で行ってきた対策をそのまま続ければ良いのであって、いわば「よそ者」の一民間企業であるJR東海が虻川流域の防災対策について未来永劫にわたって責任を持つという異常事態になってしまいます。原発事故を見ても分かるように、住民や国民の心配が的中する場合が多い今日この頃。判断したのは行政機関や政治家で専門家には責任はない、専門家が適切といったのだから政治家や行政機関には責任がないでは、こまります。責任のなすり合いが始まっていること自体が、この開発は危険ということを示していると思います。多くの専門家は谷埋め盛土は自然の摂理に反するからやらないに越したことはないといっています。

 いまになって地縁団体や豊丘村はJR東海に土地を買い取ってもらい未来永劫管理責任を担ってもらおうと考えているようですが具体化はしていません。その状況で保全部会が管理が確実に行えること、そして、住民に丁寧に説明することを条件として、この開発を適切と答申しています。住民への説明は充職委員で構成される村のリニア対策委員会席上での説明で済ましています。1件でも審査請求がなされたら、住民への丁寧な説明がなされていないと解釈し保安林指定解除は中止されるべきです。

 本山は、早くから候補に上がっていたけれど、受け入れを決定した地権者である本山生産森林組合の決定過程の不適切を長野県が指摘して受け入れの決定を無効としました。さらに、組合成立以降の組織運営上の不適切も明らかになり組合の立て直しをはかりました。この過程で、刑事罰を受ける可能性がある違法事実も確認されましたが、告発はされていません。また新たな役員選出過程でもおよそ民主的と言えない運営もありました。

 受け入れ推進派の組合幹部と村は、生産森林組合を、推進派にとってよりコントロールしやすい地縁団体組織に変更して、再度受け入れを決定。今の社会状況であれば、メンバー範囲が広がることで民主的になるのではなく、逆にメンバーの無関心から、幹部のやりたい放題を許してしまうということをうまく利用したといわざるを得ないと思います。本山生産森林組合の組合長がそのまま地縁団体の会長に横滑りした事実はこの間の筋書きを示しています。

(補足 2020/08/25) 「認可地縁団体」の主旨にてらすと、実質は森林の所有と管理が目的というのは変だなという感じがあること。時間のかかる生産森林組合としての再建よりは、残土の受入れのために手っ取り早い方策を選んだともいえる。もう一つは、構成員を実質上世帯ごと、いわば戸主にしているところなども変じゃないかと思います。つまり、組織運営上で不適切と思えるところがないわけでなく、生産森林組合時代に長野県が行ったのと同様の残土受け入れの決定の無効という指導ができるのではと思うのですが、それをするのが豊丘村になるわけです。地域の範囲は豊丘村の神稲地籍の伴野区、福島区、壬生沢区。各区にもそれぞれ区の所有の山林があるそうです。

 最近、8月17日に保安林指定解除の予告がされました。

 異議申し立ては基本的に誰でもできるのですが、制度として直接の利害関係者と区切っています。また、手続き的にも、かなり面倒な面もあって、行政処分についての救済の制度はまだまだ不完全だといえます。それでも異議意見書を出そうとしている方が少なからずいます。歴史を振り返ると、少数者の声を聞かないことで将来に社会全体に対して禍根を残した例はいくらでもあり、それが行政訴訟という制度(行政救済制度)を認める理由だと思います。ですから、地方の小さな自治体や組織であっても、その指導的立場にある人は、審査請求(異議申し立て)や行政訴訟にまで行く前に十分に、少数の住民であっても反論に耳を傾け、議論を尽くすことが必要です。それが民主的態度というものです。

 しかし、リニア関連では、ともかくそういう時間を与えない。また、昔(1973年)から期成同盟でやってきたからという、リニアは伊那谷住民の悲願だという、半世紀近くも前のことを念仏のように唱えてるという感じですね。これは非常にマズイことだと思います。リニアファシズムです。

 本山では2017年4月に「違法」にもかかわらず希少種の移植をJR東海がやっていますが、長野県は事実を知っていながら、本来の意味の違法性においては、これを見逃しています。本山については、リニア推進のために、住民の安全と、将来の県財政への負担(盛土流出時の浚渫、河川下流域の防災対策強化)の無視が気楽に行われています。

 地元としては、残土を受け入れる目的としては、大きなものとして置場までの林道の改良があったことはあきらかで、それはそれで、別に予算を要求すれば良いことで、それをやらない政治家たちが何かのついでにやってもらうという考え方を地方に定着させたのだと思います。松川町生田も実は本当の目的は道路改良だったので、反対する下流域の区(自治会)との話し合いの中で、620万立米を30万立米まで減らしましたが、道路改良の内容が地元の要望に比べ見劣りすると、もはや残りの30万立米の受け入れも怪しくなってきています。

 「身の丈にあった」は最近は言ってはいけない言葉らしいですが、地方の行政が背伸びすることは、地方ではだいたいが時代錯誤の見当違いの方向でやっちゃいますから、住民にとっては迷惑なこともあるのです。「リニアを見据えた」で始まる「リニア任せ」の施策の数々はまさにそれ。

 はじめは、リニアに反対はしないが、残土は困るといっていた住民も、残土を置かれては困るから、リニアを中止せよにかわる可能性もありますね。そこまでくるには、実際、時間が必要だということもまた事実なんですよ。

 なお、小園にしても、生田にしても、本山にかんしても、住民はきちんとした詳細の記録を行政に頼らずに作成し公表すべきだと思いました。そうしておかないと議員の先生たちや中央のジャーナリストがチョンボしがちです。

関連ページ

以下、外部リンク(「飯田リニア通信」)